1.は、アンドロイドも侵略好きの異星人も終末核戦争も出てきませんが、掛け値なし、ディック後期の最高傑作です。反ドラッグ色の鮮明な、自伝的な要素もちらりと入った悲劇的な物語で、そういう意味では一見異色作に見えますが、でも実は、主人公がドラッグによって非人間化されてゆく過程を描くことによって、ディックは、長年にわたって作品のなかで繰り返し問いかけてきた「人間とは何か」というテーマを、やっぱりここでも投げかけているのです。地面から死が生えているのを見た──というラストのフレーズは、初読後長い長いあいだ、頭にこびりついて離れませんでした。
2.と3.はどちらも短編ミステリの神髄、読む者に奥行き深い楽しみを与えてくれる逸品であり、もはや古典中の古典ですね。読んでいるあいだは、満員の通勤電車も全然苦にならなかったことが懐かしい。
4.は異色のアンソロジーですが、粒ぞろいの傑作ばかりで、しかも収録作の色合いが意外に幅広いところが嬉しいです。種々のアンソロジーにも採られることの多い有名な作品「サルドニクス」や「ティンダロスの猟犬」もあれば、「箱」のように単品ではまず邦訳されなかったであろう地味な作者のピリリと辛い佳品もあります。脳死者からの臓器移植がきわめて現実的な問題となっている昨今、デニス・エチスンの「最後の一線」を読めば、才能ある作家が時代を見通す眼の鋭さに驚き、「サルサパリラのにおい」でブラッドベリはやっぱり巧いと唸る──長大なノンストップ・モダンホラーとは違い、夏場ではなく、秋や冬の夜長にこそ、じっくりと手に取るにふさわしい本だと思います。
5.は、良質のメロドラマでありホームドラマであり、今読んでも、少しも古くさく感じられないのが素晴らしい。普遍というものは、こういうシンプルでこけおどしのない作品のなかにこそ宿るのかもしれません。
(1999/4/1)
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