昭和34年4月に創元推理文庫は産声をあげたんだそうだ。同じ年の同じ月に産声をあげた(らしい)人物を知っている。──私だ。創元推理文庫が40周年だということは、私も40歳になるということか。老けたな。いや、そんなことはどうでもいい。
今回、創元推理文庫からベスト5を選べ、という難題を仰せつかった。しばし呻吟して、えいやっと決めたのが『Yの悲劇』『ブラウン神父の童心』『グリーン家殺人事件』『曲った蝶番』『毒入りチョコレート事件』。クリスティやクロフツがもれているではないかとか、ヴァン・ダインはやはり『僧正殺人事件』の方が順当ではないかとか、迷えばキリがない。挙げられなかった傑作は、きっと他の回答者が選んでいるだろう、と楽天的に割り切った。
これらの五作品はすべて、私が中学生の時に読んだものだ。ミステリを読むのが面白くてならなかった蜜月時代のなつかしさが、選択の際にいくらか影響していることを否定しはしない。だけど、どの作品もまぎれもなく傑作である。
海外ミステリの名作に『Y』を挙げるのは古い、初心者にだって犯人がわかる、という評も近年ちらほら耳にするが、それは『Y』の凄さに到達していない読み方なのではないか? 論理が事件の相貌をますます奇怪にしていく中盤に顫えて興奮した。『童心』はミステリの美と詩を教えてくれた超傑作。『グリーン家』は館ものミステリの故郷。ある場面は私を心底ぞくりとさせた。『蝶番』で理知が探り当てた真相はあまりにも悪夢的で眩暈を誘う。題名も素晴らしい。推理合戦のルーツ『毒入りチョコレート』はミステリの〈根拠〉をほどきながら結ぶという魔術。
いずれも瑞々しい感動を与えてくれた作品であり、ミステリが好きならば二度三度と味読できる作品である、と自信をもって推す。
(1999/4/1)
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