非行の果てに死んだはずの養子に怯え、戸締まりを厳重にする妻。夫との会話から見えてくる真実とは……(「雪解け」)。知らぬ間に手脚に痣や傷が増えていく会社員の女性。親指の付け根を切ってしまっても気づかず、すねを拳骨で打ってもまったく痛みを感じない。自己観察を続ける彼女の生活は、どんどん異様になっていき……(「火中の足」)。広告塔に大きな写真が貼られ、新聞でも連日報道された、行方不明の少年を探すことに取り憑かれた女性は、その少年を見つけたのだが……(「幸せでいっぱい」)。町が消え、家も、学校も、図書館も、なにもかもがなくなる。みんないなくなり、あとは地を這う人間の残骸がいるだけ。――世界が滅亡するXデイが気がかりで、ある母親はその日に起こるはずのことについて詳細な手記を執筆する……(「ある晴れたXデイに」)。
日常に忍びこむ幻想。
悲劇と幸福が結びついた人生観。
歪で奇妙な家族たち。
戦後ドイツを代表する女性作家による、『その昔、N市では』に続く全15作の傑作短編集!
「雪解け」
「ポップとミンゲル」
「太った子」
「火中の足」
「財産目録」
「幸せでいっぱい」
「作家」
「脱走兵」
「いつかあるとき」
「地(じ)滑(すべ)り」
「トロワ・サパンへの執着」
「チューリップ男」
「ある晴れたXデイに」
「結婚式の客」
「旅立ち」
訳者あとがき
マリー・ルイーゼ・カシュニッツ
1901年、ドイツのカールスルーエ生まれ。詩人、小説家。考古学者の夫の任地を転々とし、フランクフルトやローマに滞在。1930年代から創作活動を開始し、詩や小説、ラジオ・ドラマの脚本、エッセイなど多くの領域で活躍した。1955年にビューヒナー賞を、1970年にヘーベル賞を受賞。日本オリジナル短編集『六月半ばの真昼どき──カシュニッツ短篇集』『その昔、N市では――カシュニッツ短編傑作選』があるほか、「怪談」が『現代ドイツ幻想小説』に収録されている。その他の著作に『精霊たちの庭』『ギュスターヴ・クールベ――ある画家の生涯』など。1974年没。
酒寄進一
(サカヨリシンイチ )ドイツ文学翻訳家。和光大学教授。主な訳書に、コルドン〈ベルリン三部作〉、ヘッセ「デーミアン」、フォン・シーラッハ「犯罪」「神」、ノイハウス「深い疵」「友情よここで終われ」、カシュニッツ「その昔、N市では」などがある。