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桜庭一樹 読書日記
【第1回】(1/3)
二〇〇六年二月。
読書にまつわるすごいこと(たぶん)を発見する。
桜庭一樹

一月某日

 今日のぶんの原稿が無事にあがったので、夕方、空手に行く。わたしは気分転換やストレス解消をかねて週に二度ほど、近所の道場に通ってるのだ。
 更衣室で着替えていると、外から若い男の、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。続いて、狂ったように床をタップ(降参のしるしに叩くこと)する音が鳴り止まなかった。しばらくして道着に着替え、帯をしめて外に出ると、線の細い大学生の男が床にうつぶせに丸まり、泣いていた。
 彼の周りには屈強な壮年の男たちが五、六人。みんな知らんぷりし、ある者は談笑し、ある者は拳立てをし、またある者たちは相撲を取っていた。
 こ、これは……。
 どことなくフーダニット風の展開である。わたしがもし名探偵属性の持ち主であれば道場を見回し、屈強な壮年の男たちの中からたちどころに犯人をみつけだして糾弾するところだ。……が、まぁいっかと思ってさがさなかった。事情はわからないが、きっとあの大学生は、沖縄の成人式の若者のように礼節を怠ったにちがいない。ここの大人たちは容赦なく制裁を加えるのだ。武道の礼節は、こころとからだで覚えるものじゃ。
 ……といった、その日の血なまぐさい(?)出来事にはぜんぜん関係ないと思うが、帰り道に唐突に“さいきんの本が読みたい”と思いついたので、近所のあおい書店に寄った。夜の十一時まで開いている便利な本屋さんである。そこで『砂漠』(伊坂幸太郎/実業之日本社)と、あと何冊か買って帰って、道着を洗濯しながら、お風呂で一冊、出てきて一冊、読んだ。
 『砂漠』は東北の大学が舞台のせいか、サンボマスターの大学時代といったきらきらとした風情の青春小説で、とても好きになった。青春のかっこよさよりも、かっこ悪さ、まの悪さ、取り返しのつかないことが書かれているほうが、自分みたいで、友達みたいで、よく知っている誰かのようで、共感できるような気がするなぁ。

一月某日

 昨日の反動(?)か、古いものが読みたくなった。夕方、一仕事終えてから外に出かけた。うちから十五分ほど歩いて、紀伊國屋書店新宿本店にいった。(わたしが住んでいるのは新宿のわりとど真ん中の、古いマンションである)

 二階の文庫コーナーでパット・マガーの『四人の女』(創元推理文庫)をば、買ってきた。先日、書評家の杉江松恋氏とお会いしたときにパット・マガーとかヒラリー・ウォーの話をわぁわぁして、あのころのサスペンスが大好きだー、と言ったらば、これをお勧めしてくれたのだ。大好きなわりに、『七人のおば』(同)『被害者を捜せ!』(同)しか読んでなかった。その作家のいちばんおもしろいのを二冊、読んじゃったのかなと思いこんでいて、がっかりするのがこわくて手を止めていたのだが、杉江氏に「これもよいよ」と教えてもらったのだった。
 紀伊國屋書店裏のちょっと右手にある赤い喫茶店(名前は忘れた)の、いつもの窓際席に座って、季節のワッフルを注文する。戦利品の本を取り出して表にして、裏にして、裏のあらすじを読み、開いて一ページめのあらすじを読む(内容は同じ)。登場人物表を見て、本文をちら見して、解説を読み、広告を読む。開いて匂いをかぐ。紙とインクの湿った匂いがする。いい匂いだとしみじみしていると、ワッフルがきた。食べながら解説をもう一回、じっくり読む。
 本文はうちに帰ってから。日本茶をいれて、こたつにもぐって読む。おぉ、おもしろい。複雑で女性的なパズル、という感じがして、だまされ方も、どこかにゆっくり運ばれていく感じで気持ちいい。

一月某日

 創元の担当編集者、K島氏と会う。紀伊國屋書店一階のミステリ棚の前で待ち合わせる。
 近くの面影屋珈琲店にてコーヒーを飲みながら、打ち合わせ。お腹が減ってきたので、打ち合わせが一段落してから二人でカレーを頼む。
 ふと、物理トリックが好きだ、という話になる。K島氏はミステリ・フロンティアを立ち上げた人なので、『ミステリーズ!』のミステリ・フロンティア特集号を例にとってみて、

わたし「あのほら、戦国時代で姫の○○が○○○に○○○○○やつ。あとロシアで煙のようにドロンと館が消えるやつ。あの二つ、大好きなんですよ」
K島氏「戦国時代の。あぁ、それはミステリ・フロンティアでも刊行されてますよ。『砂楼に登りし者たち』(獅子宮俊彦/東京創元社)。こんど送りますよ」
わたし「買ったよー。読んだ。好き」
K島氏「あっ、送るのに。あと、ロシアのは北山猛邦さんですね。ん……なんだ、読んでるじゃないですか。桜庭さん、こないだ、北山さんはまだ読んでないって言ってたのに」
わたし「あれ? すみません、読んでました」
K島氏「じゃ、デビュー作の『「クロック城」殺人事件』(講談社ノベルス)も読んでみたらいいですよ」
わたし「読んでみます。あとミステリ・フロンティアだと……」
 わぁわぁ話していたら、カレーがきた。ごはんにルーをかけながら、
わたし「『アルファベット・パズラーズ』(大山誠一郎/東京創元社)とか……」
K島氏「えっ!?」
わたし「な、なんで驚くんですか。それと『館島』(東川篤哉/東京創元社)
 スプーンをおいて、両手で○○○○と、館島のトリックを再現してみせた。ふふふふ、と笑いがこみ上げた。
わたし「このトリックが、ふふふふ、好きで、つまりこういうのが、ふふふ、好きなんです。あの二冊を読んだとき、喜びに部屋の床を転がりながら、この感動を誰に伝えればいいかと」
K島氏「それはぼくに伝えればいいんじゃないですか」
わたし「ふふふふ……。あっ、そういえばそうですね? つぎからそうします」
 面影屋珈琲店のカレーは、煮込んで柔らかくなった牛すね肉がゴロゴロ入っていて、こくがあっておいしい。ふたりでもりもり食べながら、
わたし「○○○○。ふふふふ」
K島氏「ははは。……ところで、『館島』は続編が出る予定ですよ。○○島」
わたし「おぉ、島シリーズ。いいですね。最終巻はぜひ『K島』で!」
K島氏「えええー(ちょっといやそう)」
 帰り道。また紀伊國屋書店に入り(週に何度入ってるんだ……)二階にてさっそく北山さんの本を買おうとする。開いた瞬間に、どうしていままで長編を読んでなかったのか、衝撃の記憶がよみがえる。
 著者近影が、かっこいいのだ……(わたしは爬虫類全般とグリンピースと、見知らぬかっこいい異性が苦手である)。
 ギャッと飛び上がり、あわてて棚に戻しかける。しかし、歯を食いしばって(?)『「クロック城」殺人事件』を買う。
 あまりあちこち開かないように注意し、うちに直帰してすぐ本文を読み始める。おぉ、おもしろい! 夜中にK島氏にメールする。返信に「それなら、『「ギロチン城」殺人事件』(講談社ノベルス)も読んでみては」とある。あわててコートを着て、マフラーを巻いた。夜十一時まであと十分ほどあるので、近所のあおい書店に走る。



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