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続々・桜庭一樹 読書日記
【第8回】(1/3)
2008年11月
桜庭一樹

一日編集長の狂想曲
【桜庭一樹写真日記◎一日編集長の狂想曲】 一月ごとにいろんな作家さんが一日署長的に編集長を演じる「角川文庫編集長」。来年3月の当番なので、その写真撮影に。ちょっと変わったことをしたせいで編集部は阿鼻叫喚の異臭騒動に! すみません……。(桜庭撮影)

ジョージ (すさまじい興奮)なァに簡単……人間が現状に満足できなくなったらだ、現在にがまんできなくなったら、とる道は二つしかない……一つはね……おれのように、目を過去に向けること、いま一つはだ……未来を変えようと企てることだ。ところがなんにせよ、変えようとすればかならず……バギューン、バギューン! 戦争だ!
ハネー やめて!
ジョージ ところで、ニヤリストのおじょうさんよ……ほんとにほしくないの、子どもは?
ハネー かまわないでよ、あたしのことは……ねえ……だれが鳴らしたの?
ジョージ 鳴らした?
ハネー さっきのチャイム? だれが?
ジョージ 知りたいのかい? 聞きたいのかい?

――『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』

 11月某日

 新刊『ファミリーポートレイト』のインタビューやらなんやらで毎日ばたばたしている。
 この日、夕方まで家で原稿を書いて、出かける前にメールチェックしたら、影のサスペンス復興委員会の二人から連絡がきていた。一人目は、今日打ち合わせで会うはずのK島氏からで、なになに……。あっ、そうか。わたしが昨日、「新刊の部数が多くて、自分の作風はみんなが面白いというよりも中国山地から降りてきてアングラ舞踊を激しく舞う小狸なので、ちょっと緊張してます」みたいなことを言っていたので、その返事だった。
「いまとか一年後より、五年後、十年後にどんな書き手に成長していたいのかが大事です。そのためにも『こんなに忙しいのに1000枚の長編が書けて、しかもその出来に満足してる』ということが重要で、自信に繋がるのでは」
 といったことを言ってくれてるので、おぉ、となんだか気が楽になる。
 二通目は川出(正樹)さんからで、なになに……。「『奇妙な人生』(スティーブン・ドビンズ/扶桑社文庫)が気に入ったら、同じ作者の『死せる少女たちの家』(ハヤカワ文庫NV)もお勧めです。たとえるなら“解剖台の上のヒラリー・ウォーとシーリア・フレムリンの結婚”!」あわててポストイットにメモる。あと『記憶の家で眠る少女』(ニッキ・フレンチ/角川文庫)もいいらしい。ポストイットを財布の内側に貼り付け(ここに貼るのがいちばん、なくさないし買い物するとき思いだすのでよい)、出かける。紀伊國屋書店新宿本店の二階へ。記憶の中で眠るほうは無事、発見。死せるほうは……くそっ、絶版だ。
 時計を見たら待ち合わせの時間だったので、ばたばたと裏口から本屋を出る。すぐそばの面影屋珈琲店へ。カレーはいいんだけど、最近ケーキの種類が変わって(急に渋くなった)残念だ。
 買った本を開いて、あらすじを読んだり、出だしの文章を眺めたり、解説を読もうと最後のほうを開いたらなぜか解説がなくてラストシーンを知ってしまいそうになったり(あわてて目を細めた。セーフ……)していると、ほどなく、待ち合わせ相手の創元K島氏がやってきた。

わたし「ケーキの種類、変わっちゃいましたねぇ」
K島氏「すぐそこにカフェ グレっていう姉妹店ができたんですよ。そのせいかもしれませんね」
わたし「カフェ グレ? 浅暮(三文)さんがいるんですか」
K島氏「いませんよ!」
 今日は、『赤朽葉家の伝説』でボツになった第二部の暴走族抗争ドラマをもとにしたスピンオフ『あいあん天使!(仮)』のプロットを元に、侃々諤々と打ち合わせである。……の、はずだったんだけど、結局三時間ぐらい、最近の仕事やらミステリーの話をしていたら、急に目の前が暗くなるほど腹が減ってきてしまった。
 こないだ、角川の編集さんたちといっしょに行った、二丁目のブリーフ専門店の隣の二階にある、おいしかったイタリアンのお店に電話してみる。席があいてるのでそっちに移動する。
 お勧めのムール貝(例の舌を火傷するやつ)を食べながら、サスペンス復興委員会の活動の話もする。「K島さんはサスペンスのためなら時速150キロのバイクで赤信号の十字路に突っこめる人だから、特攻隊長です」と言うと、「どうしてまた暴走族の設定なんですか……」と不審そうである。
 あれっ。そういえば、さっきからあいあん天使の話もぜんぜんしないし、スピンオフ企画にあまり乗り気じゃないのかもしれない……?
K島氏「『奇妙な人生』が気に入られたなら、同じ作者の『死せる少女たちの家』は読まれました?」
わたし「あっ! それ、さっき川出さんも言ってました!」
K島氏「じゃ、『消えた娘』(クレイ・レイノルズ/新潮文庫)は?」
わたし「それは知らないですねぇ……(メモメモ)」
K島氏「そういえば、角川文庫で、トレヴェニアンの『夢果つる街』がいつのまにか復刊してましたね」
わたし「ははは、はははははは」
K島氏「……ど、どうしました? 古の魔女みたいに腹の奥底から笑って?」
わたし「それはわたしの隠密活動の結果ですよ、特攻隊長。来年3月、わたしが角川の文庫編集長なので、選んでおいたんです。ははは、はははははは」
K島氏「……なるほど。それにつられて『バスク、真夏の死』(トレヴェニアン/角川文庫)まで静かに復刊してたのか……。いま謎が解けた……」
 文庫編集長、とは、角川文庫の60周年を記念して、毎月いろんな作家が一日署長的に編集長を勤める、という企画だ(本当の編集長はG司氏)。お勧め本を何冊か選んでフェアをするので、その中にトレヴェニアンを入れておいたのだ。中途半端ににやにやし続けていると、
K島氏「なんですか、その、“お手柄なのに褒め方が足りないぞ”と言いたげな微妙な表情は……。最近、桜庭さん、顔芸がマンガの域に達してきてますけど、自分で気づいてます?」
わたし「いや……。書き下ろしがようやく終わったから、顔も緩んでるのかなぁ……」
K島氏「桜庭さん、そんな黒魔術が使えるようになったなら、せっかくだから、返す刀でシャーロット・アームストロングとシーリア・フレムリンも復刊してくださいよ〜」
わたし「アームストロング?『毒薬の小壜』(ハヤカワ・ミステリ文庫)も絶版ですか?」
K島氏「いや、それだけ生きてますけど、ほかの佳作が軒並み死んでるので……」
わたし「うーむ。あっ、シーリア・フレムリンは創元じゃないですか。『泣き声は聞こえない』は?」
K島氏「残念ながら……(沈痛)」
わたし「なんてことだ……」
K島氏「(顔を上げ)あっ、でもぼく、こないだ『黒百合』(多島斗志之)出しました」
わたし「おぉ。黒魔術?」
K島氏「ちがいます」
 しゃべってるあいだに、前菜を食べパスタも食べお肉の塊も食べてんこもりのデザートも食べ、あいあん天使の話はほとんどせずに、11時を過ぎたので解散になる。
 帰宅して、風呂の中で、現在の風呂本『けだものと私』(四方田犬彦/淡交社)を読んで、出てきてから『動物園物語 ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』(エドワード・オールビー/ハヤカワ演劇文庫)を読む。
『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』は昔、映画で見てて、エリザベス・テーラーの怪演が、『欲望という名の電車』のときのヴィヴィアン・リーと並んで、“元美女の狂気界の金字塔”だと思った……(って、すごくピンポイントの金字塔だけど……)。
 中年の助教授夫妻が、パーティーの帰りに新任の数学教師とその妻を家に招く。4人の会話から次第にあきらかになっていく、助教授夫妻の凄まじい愛の闘争……。ネタバレになっちゃうからなにも書けないけど、ある種のサスペンスとも言える、いつの時代に読まれても普遍的であろう“悲しい真相”には、映画を見て知ってるのに、体の芯からまた凍りついてしまう。
 この恐るべき、そして悲しすぎる女の役を演じて、人を黒魔術の如く恐怖のどん底に陥れることができるのなら、年を取るのも悪くない。そんなことを思いながら、読み終わった後、しばらく、部屋の照明を落としてじっと考えていた。



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