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2008年11月

突然描けるように……!
【桜庭一樹写真日記◎突然描けるように……!】 夜中に、新刊の広告用にメッセージを書いていたら、とつぜん自分の似顔絵が描けるように!(桜庭撮影)

 母に、三年半前に穂積桂子さんから聞いた竜のことを話してみた。
 ――あの人が道を歩いていると、その連れが竜になったことがあったんだって。ドロドロしたアスファルトがふき出して盛りあがるように竜になったから、悲しそうなその目を見つめて、目で呼びかけて、竜が元の友達にもどってくれるように願ったんだそうだ。でも、友達はもう元にはもどらなかったんだって。桂子さんは怖くて、いてもたってもいられなくて、避難場所を求めて逃げ惑ったんだそうだ。
 そう俺が言う口もとを、母は喰い入るような目で見守り、かすかに顔をふるわせて聞いていたが、
 ――わたしも津波の夢を見たことがあって海が青いうろこをつけた竜みたいになって、座敷へ流れこんできたっけ。桂子さんて奥さんは気の毒だの。子供のころの悪い夢なんかもブリ返してきているんだに。軽くて済めばいいがの、と言った。
 ――それが……、なんとも言えん。
 ――わからんの。……それで、桂子さんて人が、一緒に死にたいと言いだしたら、あんたはどうするかね。
 ――どうするかな。俺か……。一緒に死ぬだろうな。

――「母さん、教えてくれ」

 11月某日

 夕方まで仕事して、化粧して、出かける。本日は早稲田大学前で、創元K島氏と、I垣女史、初対面のK林女史と待ち合わせである。
 話はちょっと遡って、先月のこと。前から好きだった『琥珀捕り』の作家、キアラン・カーソンの新作が出るので解説を、という連絡をもらった。キアラン・カーソンはアイルランドの作家で、年明けの1月2日にTBS BS-iで放送される「作家と行く名作の旅」みたいな番組で、講談社の担当氏と一緒にアイルランドに行くことになってたので、その話をした。すると「じゃ、翻訳家の先生にアイルランドのことを教えてもらったら」ということになったのだ。説明終わり。で、K林女史はカーソンの本の担当で、ケルト文化に大変詳しい人だ。
 待ち合わせ場所は、大学前の交差点。横断歩道の向こうにもう3人が立ってたので、おっと、と思い、青信号とともに小走りになる。するとなぜか、わたしに気づいたK島氏が急に真剣きわまる顔つきになり、こっちに向かってちょこちょこと走りだした。どっ、どうしたの……? 秋の、木漏れ日の中、スローモーション気味に駆け寄る二人。韓流ドラマのワンシーンみたいである。……なんだこりゃ?

わたし「お待たせしてすみません!」
K島氏「桜庭さん! ぼく昨日の夜、『あいあん天使!』のラストシーンの夢を見たんです!」
わたし「………………ホェ?」
 静寂。
 木漏れ日。
 周囲を行く若者たちの、元気のよい足音。
 青信号が点滅し始める。
 ……キョトンとして立ち尽くしていると、I垣女史(アルレーと森茉莉に会ったことがある)に「轢かれますよ〜」と誘導され、ともかく大学構内に向かって歩く。
 説明を聞くと、確かに、それは頭を幾らしぼっても出てこないだろうという、夢で閃いたのが納得の“空を飛ぶ”系統のアイデアである。なるほど、なかなかいいなーと思いつつ、やけに張り切っているK島氏の横顔を眺める。
 もしかして、あいあん天使の企画、じつはすごく乗り気だったのかな……。うーむ。まことわかりづらいのは、編集者心と秋の空である……。
 気を取り直して、本日、アイルランドについて教えてもらう先生は、『琥珀捕り』のほかに『聖母の贈り物』(ウィリアム・トレヴァー/国書刊行会)や『アラン島』(シング/みすず書房)を翻訳した栩木伸明さんだ。ケルト神話の時代から、イギリスの支配でゲール語から英語に変わり、ジャガイモ飢饉、カトリック文化などの影響でかの地がどう変わってきたか、などを聞く。
 栩木さんの分析だと「『赤朽葉家の伝説』はアイルランド文学的」とのことで、たとえば、妖精が出てくるケルト神話の雰囲気と、日本の妖怪っぽい不思議な雰囲気。地方の閉鎖的な共同体に生き、家族、血のつながりを重視するところ。カトリック文化の、土着の信仰を清濁あわせて取りこんでいくところ。悲しみの中におかしみを混ぜて、笑える悲劇を描くところ。……だったかな?
 確かにケルトの妖精みたいなのは、鳥取にもいるかも、妖怪と呼ばれてるけど、という話をすると「います。あと沖縄にもいそう」という話になる。
 そういえばちょうど、皆川博子先生が先月、新作の取材旅行でアラン島に行かれたらしい。うーむ、アイルランド、と思いながら辞して、高田馬場まで出て、「文流」というイタリアンレストランでたらふく食べて、外国の本の話をして、帰ってくる……。
 帰宅して、聞いた話をまとめてから、小川国夫の遺作短編集『止島』(講談社)を読んだ。
 どれもおもしろい。どれも怖い。主人公が、死んだ母の幻影と、好きな女について語りあう「母さん、教えてくれ」は、ページにしてわずか8ページで、好きな女と同じ33歳に若返った母の「甘露の恋をした人でなけれゃあ、たとえ若返ったってさびしいだろうの」という幻の声がべったりと甘くて、読み終わってから脳裏で糸を引く……。施設の職員に文学の話をしてくれと依頼されて出かけた主人公の、「それを口に出したら、殺されたって仕方がない言葉ってあるものだ、(略)禁句です。しかし、小説を書くに当っては、そんな言葉はどこにあるのか、捜し求めるのです」といった独白が続く「未完の少年像」
 どの作品からも不思議と死の匂いが立ち昇ってくるので、本気じゃないよ、だから大丈夫、という程度に死の国に引っぱられ誘惑されながら、ゆっくりと読み終わって、満腹の腹の重さを感じながら、闇に引っぱられるようにいつのまにか眠ってしまった。



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