ヴァランダー警部ふたたび

ヘニング・マンケル『笑う男』

笑う男  シリーズ前作『白い雌ライオン』で、人を射殺してしまったクルト・ヴァランダー。正当防衛であり、他に手段がなかったとはいえ、彼の負った心の傷は深かった。
 事件解決後、彼は深刻な鬱状態に陥り、1年半ものあいだ職を離れることになってしまう。

 本作『笑う男』は傷の重みに耐えかたヴァランダーが警察を辞める決心をするところで幕を開ける。

 恐ろしい記憶から、良心の痛みから逃れようとイースタを離れ、アルコールに溺れ、それでもなお立ち直ることができずにいる彼を救ったのは、かつて若く幸せだった頃、別れた妻のモナと共に滞在したことがある、デンマークの片田舎、イッランド島スカーゲンの砂浜だった。

 来る日も来る日も誰とも言葉をかわすことなく、たったひとりで砂浜を歩くヴァランダー。その姿はまるで打ち上げられた漂流物のようだった。
 自分の内面を見つめなおし、再構築し、癒していく、気の遠くなるような孤独な作業の末、彼がたどり着いた結論は、これ以上警官を続けることはできない、というものだった。警官を辞める。辞めて他の職業を探す。

白い雌ライオン そんなヴァランダーのもとに、思いがけずひとりの男が訪ねてきた。友人の弁護士ステン・トーステンソンだった。共同で弁護士事務所を営む父親が交通事故死したのだが、どうも腑に落ちない点があり、彼に力を貸してほしいのだという。だが、自分自身の問題だけで手一杯のヴァランダーは力を貸すことなどできないと言って、すげなく断ってしまう。

 いよいよ辞職の決意を伝えるべくイースタに戻ったヴァランダーが、新聞で見たのは、そのステン・トーステンソンの死亡記事だった。数日前、スカーゲンの海岸で話したばかりの彼がなぜ? 同僚の刑事マーティンソンに問い合わせて、ステンの死因が他殺であると知り、ヴァランダーは愕然とする。

 辞職の決意などどこへやら、驚く署長、同僚を尻目に復職し、弁護士親子の死の謎を追い始めるヴァランダー。

 さらにトーステンソン弁護士事務所の秘書ドゥネール夫人の家の庭に、あろうことか地雷が仕掛けられ、ヴァランダー本人までもが何者かに命を狙われる。犯人の狙いはいったいどこにあるのか?

リガの犬たち ビュルク署長、同僚のマーティンソンとスヴェードベリ、鑑識課のニーベリ、パトロール巡査ペータースとノレーン、受付のエッバなど、お馴染みイースタ署の面々に、今回新人の刑事が加わります。初の女性刑事アン=ブリット・フーグルンド。警察学校を非常に優秀な成績で卒業し、晴れてイースタ署に配属されてきたばかり。先輩男性刑事顔負けの活躍を見せてくれる彼女に期待大です。

 一方、クルト・ヴァランダー本人の私生活ですが、今回もなんともわびしいかぎりで、「今日もひとりきりの日曜日だった」などとひとりぼやく有り様。2巻目『リガの犬たち』で出会ったラトヴィアはリガの未亡人バイバ・リエパに、いまだに手紙を送りつづけ、何かというと彼女のことを思い浮かべる。果たして彼の想いが叶う日はくるのだろうか?

(2005年8月10日)