骨太でスケールの大きな傑作
CWAゴールドダガー賞受賞シリーズ第3弾
ヘニング・マンケル『白い雌ライオン』

 今、本国のスウェーデンだけでなくEU各国で絶大な人気を誇る作家、ヘニング・マンケル。『白い雌ライオン』は、その彼を代表するシリーズ第3作だ。

 スウェーデンの南部の田舎町イースタ署の警部、クルト・ヴァランダーを主人公にしたこのシリーズ、1作目の『殺人者の顔』はスウェーデン推理小説アカデミーの最優秀賞、北欧5カ国で最も権威あるスカンジナヴィア犯罪小説協会のグラスニッケル賞(犯罪小説賞)を、また第5作の Villospar(英語版タイトル Sidetracked)は、CWAのゴールドダガー賞、スウェーデン推理小説協会の最優秀賞をとっている。またヘニング・マンケル自身も、2004年にドイツでトレランス賞を受賞、シュレーダー首相本人からその功績を称えられるなど、とどまるところを知らぬいきおいである。さらにクルト・ヴァランダーの娘リンダを主人公にした最新刊 Innan Frosten(英語版タイトル Befor the Frost)も、各国でベストセラーになっている。本国ではTVシリーズ化もされる勢いで、マンケルはまさに人気・実力を兼ね備えた旬の作家と言えよう。


殺人者の顔 主人公は妻に離婚され、娘は家出、老いた一人暮らしの父親とはうまくいっていない、しかも不摂生がたたって最近腹が出てきているという、なんだか踏んだり蹴ったりの40代の警部クルト・ヴァランダー。

 1作目『殺人者の顔』ではスウェーデンの片田舎の村で起きた老夫婦惨殺事件を追った彼が、2作目の『リガの犬たち』では一転、スウェーデン南部の海岸に漂着した、身元不明の死体を乗せたゴムボートの謎を追って、バルト3国のラトヴィアの首都リガに飛ぶ。そしてさらに本作『白い雌ライオン』ではスウェーデンと南アフリカという地球の反対側ともいうべき3カ国にまたがる、恐るべき犯罪と対決することになる。

 春の祭典を目前にしたスウェーデンの田舎町で、ひとりの不動産業者の女性が行方不明になったことからすべては始まった。良き妻、幸せな母、熱心な自由教会の信徒がなぜ突然消えたのか? 失踪か、それとも事件か、事故か? ヴァランダーらは彼女の足取りを追って、最後に見に行ったという売家へ急ぐ。ところが捜索中に、突然付近で謎の空き家が爆発炎上、焼け跡からは黒人の指と南アフリカ製の銃、ロシア製の通信装置が発見される。2つの不可解な事件の関連は? 調べれば調べるほど意外な様相を呈していく事件を追ううちに、ヴァランダーと娘リンダの身にも魔の手が……。果たしてヴァランダーは地球の裏側、南アフリカで進行する陰謀の真相を解き明かすことができるのか?


リガの犬たち「北欧の作家の作品は重厚で暗いものが多い。この作品にもその傾向はあるが、著者ヘニング・マンケルの筆の運びに、わたしはときどきコミカルなものを感じる。なんだかおかしい。一生懸命さ、まじめさが、コミカルな味になって、しょうがないなあと思わせるのである。彼は仕事がうまくいったとき、署長にほめてもらいたいと願う男である。酔っぱらい運転をして部下に捕まってしまうドジな警官だ。そしてあろうことか、女性検事を抱き寄せようとしたりする。あげくにおれはダメな男だと自己嫌悪に陥り、布団をかぶってこの世から消えてしまいたいと恥じる警官である。こう書いてみると、いかにも最低な男だが、なんだかやたら正直で愛すべき人間のようでもある」
(柳沢由実子、『殺人者の顔』訳者あとがきより)

白い雌ライオン  この『白い雌ライオン』でも、主人公ヴァランダーのダメダメぶりは全開で、自宅は空き巣に入られるわ、女性関係では父親に先を越されるわ (なにせ80歳の父親が彼の先を越して再婚してしまうのだ!! )、おまけにいつも「明日からはこんな不健康な生活習慣を改めるのだ」と心に誓いつつも、まったく実行できないでいる。そして事件に突入するや、警察の規則は破りまくり、自己嫌悪に陥りまくる。だが、心身ともにぼろぼろになりながら、それでも執拗に事件にくらいついていくその根性たるや、生半可なものではない。人生に疲れたおじさんたちに希望を与え自信をとりもどさせる、これぞ “ダメ中年の星”。

 きわめて現代的な問題をあつかった事件を壮大なスケールで描きながらも、主人公の内面や生活、彼を取り巻く人々の人間関係を細部にわたって描写している。重厚でシリアスでありながらも、緻密な構成、そして真面目さゆえのおかしさが随所に見え隠れする。

 このシリーズが欧米で大ヒットしている理由は、そんなところにもあるのかもしれない。

(2004年9月10日)