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続々・桜庭一樹 読書日記
【第6回】(1/2)
2008年9月
桜庭一樹

《人間の情景》inラスベガス
【桜庭一樹写真日記◎《人間の情景》inラスベガス】 歌舞伎町のゲーセンじゃないよ〜。このアンソロジー集、実は当時の文春文庫編集部の5人でつくってたとのことで、〈別冊文藝春秋〉編集長のH田女史が「懐かしい! 1、3、5巻を担当したんですよ。15年ぐらい前ですね」とのこと。(桜庭撮影)

 おれは一度、身長二〇九センチがどういう気持ちのするものか、試してみたことがある。電話帳と本を積んで四十一センチの高さにし、その上に乗ってみた。そして部屋を見渡してみると、まず感じたのは「優越感」であった。まわりの世界がひどく卑小に見える。
「なるほど、これか馬場の世界観か」
 次にもっと本を積んで、身長が二二三センチになるように按配した。
 本の上に乗ってみて感じたのは「ブルース」であった。天井が二、三センチ上にある。圧迫されてる感じがある。これがアンドレの感じていた憂鬱なのか。

 実際、彼は指が太すぎて電話をかけることが出来なかった。マイティ井上という小柄なレスラーがいつも代わってダイヤルを回してやり、二人の間には友情が生まれた。ホテルのベッドだって、寝れば完全に脚が出てしまう。トイレもバスルームも小さ過ぎる。全ては彼が「規格外」であることによるのだ。そのためにブルースに襲われ、アルコールを飲んだのである。

――『何がおかしい』

 9月某日

 ウワー、どうしてだろう?
 飛行機に乗ってる。
 話は先月に遡る。書き下ろし長編『ファミリーポートレイト』をようやく脱稿して、菩薩のような顔で映画『デトロイト・メタル・シティ』を見ているところに〈Number〉編集部のT田氏から電話があった。一週間後、ラスベガスで開催されるダーツの世界大会の潜入ルポを書くことになって、うきうきでパスポートを探し、荷造りして飛行機に乗った。ちょうど、〈オール読物〉編集部から例の文春文庫のアンソロジー《シリーズ 人間の情景》がどさっと宅急便で届いたところだったので、スーツケースに詰めこんで成田から飛んだ。で、行きの飛行機で本を読んで(それにしてもアンソロジストって凄い。これって音楽でいうDJみたいなものかな?)、着いて取材して、ジェットコースターに乗って、シルク・ド・ソレイユのなんかすごいのを見て、いまもう帰りの飛行機の中だ。
 日本に帰ったら、すぐ書き下ろし長編の改稿をして、エッセイを書いて、角川文庫の〈sakuraba kazukiコレクション〉に入る『推定少女』のゲラを読まないといけない。ので、潜入ルポの15枚の原稿は日本に帰る飛行機の中で書いてしまおうと思った。で、いま、原稿用紙を広げて手書きにて書いている。
 子どものころはワープロがなくって、「人生はブルマー」とかもノートに手書きで書いていた。いつのころからかワープロやパソコンで原稿を使って書くようになったけれど、年上の賢者(受賞対談の浅田次郎先生とか)から、手書きで書くことについて聞いたりして、じゃ、たまにはやってみようかな、と思ってたところなのだ。外国までパソコン持っていくのも重いし、落として壊しそうだし、ちょうどよかった。
 ノートにだいたいの構成をメモして、書き始めてみる。あれ。そんなに変わらないかも。書き直すのがたいへんなのと、字数をあわせて終わらないといけないせいで、緊張感がある。これはよいストレスだな……。その一方で、パソコン特有の、魔的に筆が走る瞬間がやってこなくて、原稿がすごぉく落ち着いている。
 人にたとえると、パソコンで書いた原稿は立ってる。原稿用紙で書いたのは、座ってる。
 なるほど、と思いながら、一時間半ぐらいして書き終わる。
 あちこちに書き加えたりしたので、清書したらちょっと長くなっちゃった。原稿が掲載されたら、読んだ人に、手書きとパソコンの文章でちがったかどうか聞いてみよう、と思う。と、急激な疲労と睡魔……。原稿用紙につっぷして、なんか、床に落っこちた文庫本みたいなポーズ(?)で折れ曲がって、寝る。
 そういえば、誰だか忘れたけど作家さんで、パソコンだと筆が走りすぎるからそれを防止するために白い皮手袋をはめて書いている、という人がいたのを思いだす。えぇと、誰だったっけ、と考えていたのが、次第に、誰が白い皮手袋似合うかな、に変換されて、長々と熟考(半分寝てるけど)した結果、有栖川(有栖)さんがいいなぁ、と結論を出した。
 起きたらもう日本上空。
 帰宅して、十五時間ぐらい寝て、起きて、風呂に入った。風呂用においてあった中島らもの笑いの評論集『何がおかしい』(白夜書房)をぼーっと読んだ。“あのね、「喜怒哀楽」というものがあって。「喜、楽」というものが笑いやとすれば、「怒、哀」そういうものを書かないと笑いっていうものは立体化してこない。だから「怒と哀」について書いたの。”とか“(談志師匠が)「やっぱり映画と音楽は楽しくなくちゃいけないよ」って言ったのね。で記者が、「あぁ落語もそうですよね」って言ったら。「いや、違う。落語というものは人間の業を嘲笑うもんです。決して楽しいもんじゃない」。あ、この人は早く会っておかないと。死んじゃうし。”とか、おもしろくて鋭くて、酒の匂いがする。なんというか、読んでるというより、飲み屋でとなりに座ったおっちゃんが、泥酔してるのに超鋭いこと言ってる、みたいな感じ。読んでるうちにだんだん、風呂の湯が、湯じゃなくて焼酎のような気がしてくる。
 中島らもは最後に《異形コレクション》に書いた短編が面白かったなぁ。規格外の人間の物語。あと、見知らぬ男女がエレベーターに閉じこめられてどこまでも上昇していくっていう短編が、ものすごい怖かった(恋愛を暗喩してた)んだけど、なんだったっけ……。タイトルが思いだせないや……。
 うぅ、だるい。時差ぼけ気味のまま風呂を出て、メールチェックして(それにしてもたくさんきてるなぁ……)、床に寝転んで、なんとまた寝た……。



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