解説「プリンセス・オブ・ダークネス」霜月蒼[部分]
本書ではじめてキャシー・マロリー・シリーズを手に取るという読者も少なくないのかもしれない。年末のミステリ・ランキングの類にひっかからないかぎり新しい作家が認知されにくい現在、マロリー・シリーズはそうした場で、これまで無視されてきたにひとしいからだ。
だがぼくは言う――これは現在最重要の必読ミステリ・シリーズであると。
なぜか。ジャンルごとに読者がばらばらに分断されてしまった現代ミステリ・シーンで、どんなファンをも魅了できる作品があるとするなら、それはマロリー・シリーズにほかならないと思うからだ。このシリーズは、現代の正義のありかたを真摯に追究するハードボイルド・ミステリであり、不穏なゴシック装飾と巧緻なミスディレクションのほどこされた本格ミステリであり、暴力者の内奥の暗い力学を見つめようとするノワールであり、そしてダークな意匠をまといながらも最終的に読者に快哉を叫ばせる痛快なヒーロー小説でもある。
そんなはなれわざを可能にするのがキャシー・マロリーという破格の主人公なのだ――完璧な美貌と怜悧な頭脳を持ち、感情を欠いた冷酷な正義の担い手。犯罪捜査は彼女にとって犯人を狩るゲームだ。その危うい内面を支えるのは、路上生活から自分を救い出した養父母の教えと、幼い頃に目にした人間の邪悪さへの怒り、母親を眼前で惨殺した者たちへの激烈な憎悪。
その憎悪の核心である母親の事件には、前作『天使の帰郷』で決着がつけられている。本書も、これまでの作品で語られていた過去の謎に関わる物語ではあるが、単独で読んでも魅力は損なわれない。本書ではじめてこのシリーズを読むという読者はむしろ幸運だろう。暗い過去を清算したマロリーは、本作では母親の事件の呪縛からひとまず解放されているからだ。本書をお読みになったら、ぜひ第一作『氷の天使』にさかのぼり、『天使の帰郷』の壮絶なクライマックスまで、マロリーの痛ましくも孤独な遍歴をたどっていただきたい。
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■キャロル・オコンネル〈マロリー・シリーズ〉好評既刊
『氷の天使』
『アマンダの影』
『死のオブジェ』
『天使の帰郷』
(2005年12月5日)
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