なぜかしら校了前の忙しいときにばかり不可解な騒動が持ち込まれる、総員二名の「季刊落語」編集部。配属当初は大いに戸惑った間宮緑だが、編集長牧大路(まき・おおみち)との掛け合いもすっかり板についてきた。前座を卒業、そろそろ二つ目編集者というところ。
過去幾度も名探偵の横顔を見せてきた牧だけに、事件のほうが放っておかない。当の牧は、日ごろ携帯電話の電源も入れないで寄席を回るばかり、仕事はそっちのけで全く当てにならない。そのあおりで緑のサービス残業と休日出勤は着実に増えていく。そして山と積まれたゲラを前にした今日も……。
本格ミステリと落語ネタが絶妙な調和を見せる本書は、デビュー作品集『三人目の幽霊』、初長編となった『七度狐』に続くシリーズ第三弾。すでに間宮緑、牧編集長をご存じの方はもちろん、初めて相まみえる方も、ミステリがお好きなら楽しんでいただけること請け合いです。
“死神にやられた”というメッセージに首をひねる表題作「やさしい死神」を皮切りに、物足りない芸ゆえに先行きを危ぶまれていた噺家二人が急に上達する「無口な噺家」、元名物編集長の安楽椅子探偵譚「幻の婚礼」、携帯事件に始まり牧&緑コンビ定番の張り込みで決する「へそを曲げた噺家」、ウイリアム・アイリッシュ『幻の女』ばりの展開に翻弄される緑の単独探偵行「紙切り騒動」と、バラエティに富んだ全五編を収録。大胆な構図に泣かせるエンディング、緑のけなげな成長ぶりも読みどころです。
意表をつくストーリー展開と落語ネタとのシンクロぶりに唸りつつ、本格ミステリの精神をご堪能ください。
(2005年1月10日)