「アッシャー家の崩壊」本格ミステリ風変奏
佐々木俊介『模像殺人事件』

模像殺人事件  木乃家の長男・秋人が8年ぶりに帰郷を果たした。大怪我を負ったという顔は一面包帯に覆われている。その2日後、全く同じ外見をした“包帯男”が到着、我こそは秋人なりと主張する。本物は自分だと両者が言い争う騒動の渦中に飛び込んだ大川戸孝平は、車のトラブルで足止めを食い、数日を木乃家で過ごすこととなった。
 日頃は人跡稀な山中の邸に続発する椿事。ついには死体の処理を手伝いさえした大川戸は、1作きりながら推理小説を物した経験を活かして、一連の出来事を手記に綴る。

“予定外の休暇を利用した今回の遠出が、かくも恐ろしい事態への道行になろうとは思いもしなかった。何しろ、30余年の人生において、殺人事件に関与したのも初めてなら、他殺体に触れるのも初めての経験である。いまも私の両手には、抱えあげた遺体の重みがはっきりと残っており――”

 後日、友人と共に大川戸の手記を読んだ進藤啓作は、たとえようのない違和感に頭を悩ませる。「難題は難題だよ。誰が殺したか? いかに殺したか? 俺が考えるに、問題はそんなところにはない。俺がお前に委ねたい設問はただこれひとつさ。その屋敷でいったい何が起ったのか?」と言う友人。「すべてをクリアにする仮説がないわけでもない」と返しながらも、自身の頭にある仮説が正しいとするなら、それはそれでさらなる難題を派生させる端緒になることを啓作は知っていた。
 やがて、不可解な要素の組み合わせを説明しうる「真相」を求めて、啓作はひとり北辺の邸に旅立つが……。

 1995年、〈スリーピング・マーダー〉テーマの長編『繭の夏』を第6回鮎川哲也賞に投じ、新人らしからぬ書きぶりや設定の妙を買われ佳作入選を果たした佐々木俊介氏。本書『模像殺人事件』は第2作となる書き下ろし長編です。この間に何があったのか、そこには数千枚のミステリに勝るとも劣らない深遠な謎が秘められているのかもしれませんが、既に第3作の構想がまとまり執筆を開始しているとのこと。次作はさほど首を長くしないうちに読むことができそうです。まずは、『曲った蝶番』的な発端、「アッシャー家の崩壊」本格ミステリ風変奏ともいえる“木乃家の崩壊”を御味読ください。

「事の始まりは、8月14日――並木姉弟版“二人で探偵を”『繭の夏』佐々木俊介」を読む

(2004年12月10日)

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