事の始まりは、8月14日――並木姉弟版“二人で探偵を”
『繭の夏』佐々木俊介

繭の夏  8月の暑い暑い日曜日、僕たちはカナリヤ荘へ越してきた――と始まる、佐々木俊介氏のデビュー作『繭の夏』。並木祥子・敬太郎姉弟が新居の天井裏で古ぼけた人形を見つけたことから、二人の“夏休み探偵”が幕を開けます。「過去に未解決の殺人事件が存在したかもしれない。あたしたちはその謎を解くヒントを手にしているのかもしれない……ねえ、新しい生活のスタートに難事件を解決なんて、胸がドキドキするとは思わない?」大乗り気の祥子は、「二人して期間限定の探偵になっちゃおうよ、夏休みオンリーの探偵に。〈スリーピング・マーダー〉……ウン、凄くいい言葉じゃないの」と至極ご満悦、呆気にとられる敬太郎を焚きつけて行動を開始します。

 姉弟の新居は、かつて従姉が住んでいたアパートの一室であり、その従姉は八年前に自殺。天井裏にあった人形には「ゆきちゃんはじさつしたんじゃない。まおうのばつでしんだんだ」という意味ありげなメッセージ。「ゆきちゃん」て誰? この告発文は従姉の死と関係がある? 姉弟は、当時大学生だった従姉が所属していたサークルのOBに渡りをつけ、関係者の証言を集めていきます。面白半分に開業した“夏休み探偵”は、やがて眠れる殺人事件を掘り当てて…………さあ、どんな真相を手に入れるのでしょう?

〈スリーピング・マーダー〉といえばアガサ・クリスティの諸作が有名です。『繭の夏』本文中にも『五匹の子豚』『親指のうずき』『運命の裏木戸』等のタイトルが挙がっており、解説で若竹七海氏も詳しく述べておられます。ずっと以前の(およそ事件とは考えられない)出来事について、読者の興味をあおりながら少しずつ手掛かりを見せていく、しかもあからさまにではなく伏線だったと後で膝を打てるようにとなると、緻密な構成と繊細な筆運びが要求されることは解っていただけるでしょう。こうした難事業に取り組み、第6回鮎川哲也賞佳作となった『繭の夏』は、見事に目配りの利いた本格ミステリに仕上がっています。
 佐々木俊介氏の第2作『模像殺人事件』は2004年12月刊(創元クライム・クラブ)です。『繭の夏』ともどもよろしくお願いします。
(2001年8月15日/2004年11月10日)
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