《ミステリ・フロンティア》
『消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿
翔田寛

消えた山高帽子  西洋幽霊と日本の幽霊が連続して目撃された怪異。英国紳士切腹事件。歌舞伎役者を巻き込んだ山高帽子盗難の謎。鉄道開通に沸く観衆の中で叫び声を上げた女の悲しい過去。そして教会堂内で起きた密室状況下の怪死事件――〈ミステリ・フロンティア〉第七回配本の『消えた山高帽子』は、明治六年の横浜居留地を舞台に名探偵の活躍を描いた、実力派の手になる本格的な連作時代ミステリです。

 この連作の魅力を挙げてみましょう。第一点、舞台設定がきわめて魅力的であること。舞台となる横浜居留地は、西洋と日本の文化が最もダイレクトに衝突しながら融合を遂げていった場所です。この連作ではその設定を受けて、金屏風を背にし白装束を身に纏って割腹したイギリス人や、居留地版「ロミオとジュリエット」のような恋人たちのためにひと肌脱ぐ歌舞伎役者、あるいは蒔絵の施された三連聖画やオリエンタル(?)な遊郭、西洋と日本それぞれの幽霊など、さまざまな国の人物や風俗が入り交じるようにして描かれ、華やかな雰囲気を醸し出しています。

 第二点は言うまでもなく、ミステリとしての面白さ。作者の翔田寛氏は、短編「影踏み鬼」で第22回小説推理新人賞を受賞してデビューし、翌年の受賞第一作「奈落闇恋道行」でいきなり日本推理作家協会賞にノミネートされた実力派です。その後も順調に短編を発表し、推理作家協会編の2003年版年鑑アンソロジーには「別れの唄」が収録されるなど、作品数は少ないながらも高い評価を受けている書き手と言えるでしょう。『消えた山高帽子』は、その翔田氏が初めて手掛けるシリーズものです。理に落ちる結末と余情を融合させた独自の作風をお楽しみ戴ければ、と思います。

 なお蛇足ながら、探偵役をつとめるチャールズ・ワーグマンは実在の人物です。英国陸軍を退役したあと《イラストレイテッド・ロンドン・ニュース》の通信員となり、広東勤務を経て1859年に来日。61年には水戸浪士による英国公使館襲撃事件(東禅寺事件)に巻き込まれましたが、大政奉還後も日本に留まり、画家として幕末から明治維新という激動期の日本の風景を描き続けました。《ジャパン・パンチ》を創刊した人物としても知られています。

(2004年5月10日)

本の話題のトップへトップページへもどる