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酔読三昧
【第22回】
芦原すなお『ユングフラウ』は、
恋愛小説が性に合わないひとが
笑って楽しめる恋愛小説なのである。
萩原 香

 あけましておめでとうござい、と言うにはもう松の内も終わり。七草粥って食べたことがないなセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。正月の酒池肉林で疲れた胃腸を休めるための青菜らしい。でも疲れた胃腸には迎え酒。もっと疲れる。が、毒をもって毒を制すと言うではないか。好きにしなさい。

 ところでみなさま、お正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。お父さんたち、会社勤めだと今回は9連休だったかな。長すぎて手持ちぶさたでごろごろごろごろ家族団欒の邪魔だったろうなあ。やっぱりお父さん(亭主)は元気で留守がよい。さあ今年も頑張って24時間闘いましょう。

 わたしは24時間闘うなんてもうとても無理。そんなに酒を呑みつづけることはできませんて。ああ老いたり。そこへいくとジャック・バウアーは偉いよなあ。大統領候補暗殺を阻止せにゃならんわ拉致された妻子を救いださにゃいかんわ二重スパイを焙りださなきゃいけないわ、あとからあとから事件のつるべ打ちなのに酒も呑まずによく頑張ったよ。

 というわけで、やっと『24』シーズン1(2001〜2002)を観た。同時進行ドラマだから気が抜けん。効果的な画面分割の手法はブライアン・デ・パルマもよく使っていたな。本国ではシーズン6までオンエアされたらしいが、DVD12枚組を一気に観るには正月休みくらいしかないではないか。遅かりし由良之助。

 ラスト近くであのデニス・ホッパーが出てくる。とくに何をするでもないのだが貫禄充分。たしか入浴剤のテレビCMで、湯船に浸かりながら嬉しそうにアヒルのおもちゃと遊んではいなかったか。ありゃ誰だよこのボケ老人と思わせてまさに怪優の名に恥じないひとだ。『スピード』(1994)の犯人役も光っていたな。『理由なき反抗』(1955)がデビュー作とは恐れ入った。

 しかしキーファー・サザーランド(バウアーね)を見ているとカピパラを連想するのはなぜだろう。そこへいくと親父のドナルド・サザーランドはラクダかねえ。ひどいこと言ってるな。クリント・イーストウッド(名犬ラッシーだな)やトミー・リー・ジョーンズ(あらいぐまラスカルかい)やジェームズ・ガーナー(名古屋章、あこれは吹き替えだ)と組んだ『スペース カウボーイ』(2000)では、老いぼれ宇宙飛行士を演じて怪気炎をあげておった。老兵は死なず、ただ見境なく暴れるのみ。ときどきマイケル・ケインと見分けがつかなくなるのはなぜでしょう。

 それはともかく正月の風物詩はなんといっても駅伝(だそうだ)。元旦から3日にかけて、酔っ払いつつも横目でちらちら観ていたのだが、しばらく居眠りして起きたらまだ走っているのには驚いた。なんでそんなに走るのだ。わたしは走るのが大嫌いなのに。だいいち酔っ払って走ったりしたら大変ではないか。アルコールも韋駄天走りに全身を巡って気持ちいいぞ。うるさい寝てなさい。へい。

 で、酔っ払う以外に芸がないのもなんなので読書をすることにした。で、読んだら主人公がこれまた酔っ払いだった。類は友を呼ぶ奇しき縁だな。しかもこれは恋愛小説でもあるのだ。自慢ではあるが恋愛小説なんぞに鼻もひっかけない筆者からすれば破格の待遇。なにしろ作者が芦原すなおさんだもんなあ。これがひと筋縄ではいかなくて面白い。逸品『雪のマズルカ』拙稿第1回参照)や〈ミミズクとオリーブ〉シリーズをものしただけのことはある。

 美人でスタイル抜群の沢井翠(みどり)26歳は『ユングフラウ』の主人公だ。職業は編集者、文芸誌と女性誌の担当を掛け持ちしている。大学時代からの恋人がいるが倦怠期。だからなのか他の男に目移りすもるし、また男が寄ってきたりもする。華奢なスポーツ・インストラクター、奇矯な中年作家、儚げな哲学者兼エッセイスト、ストーカーまがいの胡乱(うろん)な都庁職員、そして同僚の無骨なカメラマン。

 このなかの何人かとは酔った勢いでベッドインしてしまうのだ。まあいやらしい。恋の駆け引きあり不倫あり三角関係あり自殺未遂騒ぎもありで、浜の真砂は尽きるとも世に乙女(ユングフラウ)の悩みは尽きまじ、というかご乱心というかどうでもいいけどよく呑むねえこの娘は。

 ビールはもとより、ワイン、コアントロー(知らんな)、焼酎、ブランデー、どぶろく、ウィスキー、日本酒、シュナップス、ウオッカと手当たりしだいで、べろべろに酔っ払っては這いずりながら出社し、仕事してはまた打ち合わせと称してがぼがぼ呑んだくれて吐いたりする。わたしは吐かないぞもったいない年の劫。

 さてこの翠嬢。最初はとっても賢く勝ち気で健気な……と、読み進むうちにひょっとしてこいつは単なるすっとこどっこいなのではないか、これはどう見ても巷に溢れかえるそこらの恋愛小説を茶化しているのではないかと思えてきた。そう『ユングフラウ』は、恋愛小説が性に合わないひとが笑って楽しめる恋愛小説なのである。

 おまけに作者が作者だけに会話が絶妙。とりわけ、奇矯な中年作家と翠嬢のやりとりは抱腹もの。たとえば原稿督促の電話――

「――お原稿のほうはいかがですか」
「いかがなものかと」
「進んでないんですか」
「そう言ってしまえば身も蓋もないが」
「進んでないんですね? 先生」
「先生、それは先生」
 森昌子を知らんとわからんギャグか。思わず笑ってしまったわたしも中年。じきに老年。ジキニンは風邪薬。

 話を戻そう。「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」と言ったのはマッカーサーだな。「消え去るのみ」だったっけ。まあどっちでもいいが、わたしは老いさらばえても消えてやらない。立つ鳥だってあとを濁しまくりたい。ボケたふりして家族に嫌がられてもらおう。強烈な印象を残しつつ他界するのが夢だ。もっとも、ボケたふりしてるつもりが実はほんとにボケていたという驚愕の結末もありうる。人生山あり谷あり。ボケる前にアル中になるか。

(2008年1月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
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