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酔読三昧
【第13回】
この宇宙は巨大な亀が支えている。
萩原 香

 今朝はそんなひどい宿酔いでもないな。昨夜の呑み会ではまず生ビールをジョッキで駆けつけ2杯、ほどよく全身にアルコールが染み渡ったところで腰すえて麦焼酎1本をあけ、さあて最後のお口なおしに、あれ、そのあと何呑んだんだっけか忘れた。よく記憶が飛ぶものだよなあ。じゃ今日はすこ〜し抑えて缶ビール2本にバーボンをがぶがぶといこうか。

 てなこと書いていると窓の外、がたがたがたがたベランダに置いた水槽のなかで亀が騒いでおる。冬だというのに冬眠もせずにうるさいやつだな。いきなりサッシをがらがらあけるとしーんとなった。尻をこちらに向けてぴくりとも動かない。首と四肢と尻尾をだらーっと伸ばして沈んでいる。死んだふりか。じっと水槽を覗きこんで数分。寒風が顔に吹きつけて鼻水がたらーっと落ちる。しかしなんで死んだふりをせねばならんのだ。

 あ、わたしはいったいなにをやっているのか。鼻水をぬぐって窓を閉める。とたんにまたじたばた水槽を暴れまわる音。こいつ、いつか甲羅焼きにしてやる。それとも水槽にバーボンを注ぎこんでやろうか酔死したりして。でももったいないからそれだけはやめておこうたかが亀ではないかタイマン張ってどうする私は人間。

 気をとりなおして執筆を続けよう。

 何を書こうとしてたか忘れてしまったではないか。

 で、亀の話である(なんだよ)。古来、中国では亀は神聖な生き物とされていた。この宇宙は巨大な亀が支えているという神話があったような気もする。ほんとだったら甲羅焼きだの酔死だのと不敬のきわみだ。ひょいと窓の外に目をやると、うちの亀が水面から首を伸ばしてじっとこっちを見ている。思わず愛想笑いをしてしまった。

 ところで宇宙といえばSFである。門外漢のくせに偉そうだが、堀晃の『バビロニア・ウェーブ』はハードSFの傑作。なにしろアイデアが壮大だ。人類が結晶と化してゆくJ・G・バラード『結晶世界』もそう。月面で宇宙服に包まれた死後5万年の遺体が見つかるジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』もそう。宇宙船が亜光速でどこまでも暴走を続けるポール・アンダースン『タウ・ゼロ』もそうだ。センス・オブ・ワンダーだ。

 なにしろ『バビロニア・ウェーブ』では、太陽系の外縁部に巨大なレーザー光の束が銀河面を垂直に貫いている。むろん肉眼には見えない。直径は1200万キロ。地球の直径が約1.27万キロだから、まあ地球を横に1000個ぐらい並べた太さということになる。想像もつかん。全長はというと5380光年。こっちは想像する気にならん。

 そのレーザー光束の名がバビロニア・ウェーブ。ここには無限のエネルギーが封じこめられている。やがてレーザー光の抽出に成功した人類は、エネルギー危機とは無縁の時代を迎えることになった。

 そしていま、バビロニア・ウェーブに隣接した宇宙基地ではある計画が極秘裏に進行していた。しかし実験はつぎつぎと事故に見舞われ、基地の要員は1人また1人と犠牲になってゆく。連続怪死事件? まさか、いや、そもそもバビロニア・ウェーブとは何なのか? なぜ存在するのか? その起源は? その正体は?……

 なんとまあ知的にスリリングな小説だろう。緻密なロジックに支えられたストイックかつ詩情さえ漂う作風。まさに著者独壇場のものだ。『太陽風交点』『梅田地下オデッセイ』を夢中になって読んでいたころが懐かしい。そういえば『遺跡の声』も続いて創元SF文庫に入るとか。楽しみである。

 楽しみではあるが、ハードSFは歯ごたえがありすぎて非理系の脳味噌が疲れる。だったらこれはどうだ。SFときたらやはりこれ、スペース・オペラ。田中芳樹の『銀河英雄伝説1 黎明篇』は波瀾万丈にして巻措く能わざる大河叙事詩だ。軍事SF(戦乱絵巻)に、権謀術数渦巻く政治(つまり人間)ドラマをからませたところがこのシリーズの醍醐味と言っていい。

 いまから1600年ほどの遠未来(中未来か)、地球はすでに廃屋同然の星と化し、銀河系にあまねく進出した人類の命運は二大勢力が握っていた。かたや銀河帝国、こなた自由惑星同盟。その狭間にありながらフェザーン自治領が、莫大な富と強かな外交力をもって漁夫の利を狙っている。つまり三国鼎立だな。

 おまけに自治領を陰で操る、おっとこれは読んでのお楽しみだが、これはなんだ、中国は春秋時代の斉と楚と鄭(てい)と周の関係か。違うか。しかしなんだなあ『春秋左氏伝』は面白いなあ。紀元前720年ぐらいから250年間にわたる古代の国々の覇権争い、権力闘争を描いた史書だもんなあ。とっつきにくい人は安能努の『春秋戦国志』を読んでください。噛みくだいてあります。

 話を戻そう。英雄伝説だから当然ヒーローが出てくる。銀河帝国には軍神の申し子、常勝の天才ラインハルト。自由惑星同盟には戦争が嫌いな武将、不敗の魔術師ヤン。この若き2人の邂逅と知略を尽くした闘い、そして彼らを取り巻く人間たちの策謀と友情と愛のドラマが戦乱の銀河宇宙に繰り広げられ る。早く2巻目を読みたいものだ。

 映画でスペース・オペラとくれば〈スター・ウォーズ〉サーガに止めをさす。『親指ウォーズ』(1999)はそのあまりのアホらしさに止めをさされてしまう。まあ親指だけ(足のも)使った人形劇で『スター・ウォーズ』のパロディをやっているのだが、まあなんというか、顔の表情は実写のパーツを合成してるのだが、まあ短いのでDVD借りて観てやってください。

 で、うっかり『親指タイタニック』(1999)も観てしまった。『親指フランケン』『親指ゴッドファーザー』『親指バットサム』『親指ブレアサム』なんてのもあるらしい。まあ、なんというか、観たくなってきたな。

 さてと、亀の水槽でも洗ってやるか。窓をあけると、今度は水槽の壁に貼りつくようにして立ちあがっている。空を眺めているのであろうか。声をかけてやろう。「お〜い……」しまった。8年も飼っているのに名前をつけてなかった。

 まあ長生きしとくれよ。前にも書いたが、一緒に棺桶入って姿焼きになろうな。レアにしよかミディアムがいいかウェルダンは焼きすぎかな遺族の顔が見ものだなあ。見られんか。

(2007年3月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
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