失われた謎の書物、ロジエの『百科全書』とは?
書痴老人がネットの海に船出した!

ミスター・ミー
アンドルー・クルミー/青木純子訳(10月刊)

 理論物理学者で文学界のエッシャーといわれる作家、アンドルー・クルミー。そう聞いただけでわくわくしませんか?
 エッシャー、あの階段を上っていると思うと下っていたり、中かと思っていたら外だったり……のエッシャーです!
 主人公は一人暮らしの老人、ミスター・ミー。本に埋もれた彼には書痴という言葉がふさわしかった。家政婦ミセスBの掃除の邪魔だという非難もなんのその。次々に古本を買い込む。そんな彼がある日ひょんなことから、今だかつて聞いたこともないロジエ版『百科全書』の存在を知る。なんとしてもその書物を突き止めたい。
  図書館でネット検索というものを教えられた彼は、場所ふさぎの書物をなくすのに最適だと熱心に薦めるミセスBの言葉もあって、パソコンなるものの導入を決意。
 ネットサーフィンの果てに、彼は読書する裸の女性のライブ映像に行き着いた! 読んでいる本のタイトルは『フェランとミナール――失われた時の探求』だった。
 フェランとミナールとは、ルソーの『告白』第十巻に登場する謎めいた人物だ。
 十八世紀の写字職人、フェランとミナールの秘密めいた原稿をめぐる物語、ルソーが専門でプルーストを愛するフランス文学教授の教え子への恋情を綴った手記、書痴老人ミスター・ミーのパソコン奮闘記が縒り合わされ、結ぼれ……そこに浮かび上がるのはまさにエッシャー的円環! なるほど……。
「読み終えるやいなや、一ページ目から読み返したくなる稀有な小説」という「ボストン・グローブ」紙の書評を是非 実感してみていただきたい一冊です。

(2008年10月6日)