スパイ小説の大家による傑作、本邦初訳
CWA最優秀長編賞受賞作

グリーン・サークル事件
エリック・アンブラー/藤倉秀彦訳

 『あるスパイへの墓碑銘』や『ディミトリオスの棺』、『武器の道』など、数々の傑作で知られるイギリスの作家、エリック・アンブラー(1909〜98)。CWA(英国推理作家協会)最優秀長編賞を2回、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀長編賞を1回受賞し、さらにはCWA・MWAの両団体から功労賞を授与されるなど、多くの栄誉に彩られた、まさにスパイ小説の大家と呼べる存在です。

 そのアンブラーが1972年に発表し、同年のCWA最優秀長編賞(ゴールド・ダガー)を獲得した作品、それが本書『グリーン・サークル事件』です。
 じつはこの作品、今回が本邦初訳。もちろん、内容に問題があるわけではなく、いままで紹介されなかったのが不思議なくらいの傑作です。
 舞台となるのはシリア、イスラエル、レバノンといった、通称“レヴァント”と呼ばれる東地中海の諸国。これら地域を拠点にする実業家、マイクル・ハウエルが主人公となります。
 不幸な偶然から、武闘派のパレスチナ・ゲリラとして名の通った男、サラフ・ガレドと関わり合いになり、彼の率いる組織〈パレスチナ行動軍〉への協力を強要されたハウエルは、みずからと会社を守るため、決死の賭けに打って出るのですが……。
 のちに“グリーン・サークル事件”と呼ばれ、世界を揺るがすことになる騒動の裏に秘められた真相とは――

 本国での刊行後、スピルバーグ監督の映画『ミュンヘン』でも語られた、あの“ミュンヘン・オリンピック事件”が発生しました。パレスチナ・ゲリラの武力行使が現実のものとなったことで、社会性のある題材を常に取りあげてきたアンブラーの眼力が、はからずも証明されることになってしまったのです(当時の国際情勢や社会状況については、アンブラーの執筆状況とあわせ、解説で触れておりますので、詳しくは本書をご一読ください)。
 そうした作品を取り巻く事情を抜きにしても、円熟の筆致で描かれた物語は、読む者をさすがとうならせる見事なできばえ。かつてアンブラー作品に親しんだかたも、初めて読むかたにもご満足いただける一冊です。

 CWA最優秀長編賞受賞作、エリック・アンブラー『グリーン・サークル事件』は9月11日刊行予定です。

(2008年9月5日)