| 「何だあ、こいつはよお?」 素っ頓狂な声で三津木監督が喚く。
 「だから……巌流島の決闘の要約です。この前監督から頼まれた」
 料理に箸を伸ばしながら、僕はマジメに答えてみせる。
 「それは分かってるよ。けど、どこにも佐々木小次郎の名前は出てこねえじゃないか」
 「ええ」
 「宮本武蔵は試合に遅れない」
 「ええ」
 「鞘を投げた相手に向かって、〈小次郎敗れたり、勝つ者がどうして鞘を捨てる!〉――の名ゼリフもない」
 「ええ……」
 
 
 *  *  *  * 誰もが知っている(聞いたことがない人はいないはず!)の巌流島の決闘。巌流島の決闘といえば、宮本武蔵と佐々木小次郎の二大剣豪対決! 武蔵が決闘の時刻に遅れてきたり、鞘を捨てた小次郎に対して「小次郎敗れたり!」と言ったり……そんなイメージがありませんか?
 今回お贈りするこの「漂流巌流島」。登場人物はしがない映像監督(安い、早い、断らない! で有名)と、彼にいわれて、チャンバラもののオムニバス映画のプロット立てを手伝う羽目になったライターの主人公の主に二人。ライターの彼が、駆けずり回って集めた史料を二人でよくよく検討すると、どうやら私たちが抱いている巌流島のイメージは嘘っぱちらしいことが……!?
 
 第二回ミステリーズ!新人賞選考会の場で綾辻行人・有栖川有栖両氏に絶賛されて受賞が決まった表題作「漂流巌流島」を含む四編が、ついに一冊にまとまりました。
 
 同時に収録されるのは年末恒例「忠臣蔵の討ち入り」、新選組好き・幕末好きなら外せない「池田屋事件」、そして少し知名度は落ちますが三大仇討話のひとつの「鍵屋の辻の決闘」がテーマになった作品です。
 もとになった史料はすべて実在のもの。それらをもとに、ええっ!? という意外な真相を提示してみせ、思わず納得させてしまう気鋭・高井忍さんの挑戦的デビュー作品集『漂流巌流島』。どうぞお楽しみください。
 
 *収録作品
 漂流巌流島
 亡霊忠臣蔵
 慟哭新選組
 彷徨鍵屋の辻
 
 〈Webミステリーズ!〉に高井さんの「ここだけのあとがき」が掲載されています。是非お読みください。
 
 
 
(2008年7月7日)
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