鬼才にしか為し得ない「はなれわざ」――
ジョナサン・キャロル『薪(たきぎ)の結婚』

 ジョナサン・キャロルの新作『薪の結婚』をお届けいたします。この不思議なタイトルは、ほんとうに大切なことが人生で起きたとき、手近な場所で木片を見つけ、その出来事と日付を書き記し、人生が終りを迎えるときにまとめて火をつけるという、作中人物たちの習慣を指しています。

 ジョナサン・キャロルは、ホラーともファンタジイとも容易に断じ得ない独自の作風で人気を集める、まさに「鬼才」としか言いようのない作家です。デビュー作『死者の書』にはじまる諸作は、日常で展開される人間心理の機微を描きつつ、そこにこの世ならざる存在が介入し、結果物語は想像もつかない方向へ転がってゆくというパターンを踏襲しています(しかし前作『蜂の巣にキス』では、〈ツイン・ピークス〉と『スタンド・バイ・ミー』を思わせる題材で、超自然現象を排した正統派のミステリを披露しましたが)。
二年ぶりの訳出となる本作は、日常を徐々に変容させる超自然的現象、ショッキングな展開の連打という、「まさにキャロル」という作品です。

 物語の語り手は、稀覯本売買という仕事に打ち込んでいる美しく聡明な女性、ミランダ。彼女はあるパーティで一人の魅力的な男性と運命的な邂逅を果たしますが、彼は妻子と共に幸せな生活を送っていて……。過去の人間関係が絡んだ、繊細で痛々しい恋愛模様が展開されるかと思いきや、とある天才腹話術師に由来する館をミランダが譲り受けたことから、物語は急速に異様な方向へとねじ曲がっていきます。

 鬼才の真骨頂とも言うべき新作、従来のファンの皆様も、初めて手に取る方も、どうぞ鬼才ジョナサン・キャロルしか為し得ない「はなれわざ」をご堪能下さい。

(2008年4月7日)