P・K・ディックの諸作を思わせる、記憶改変をテーマに据えたSFホラー『レテの支流』で日本ホラー小説大賞長編賞佳作を受賞し、明治時代の風景と魅力的な登場人物を活写し、江戸川乱歩賞を受賞した『三年坂 火の夢』の気鋭が、明るく爽やかな成長小説という新境地に挑んだ『サトシ・マイナス』。このふしぎなタイトル通り、主人公はなぜか「マイナス」のサトシと呼ばれる、どこかぼんやりとした、普通の大学生です。
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気の弱い大学生稲村サトシは、中学時代からの友人・カレンと結婚するため、母親と談判をするべく自宅に向かっていた。しっかり者だが偏屈なカレンと、勝ち気で我儘全開の母がうまくいくわけない。まして僕が、彼女の勧めで父さんと同じ絵描きを目指すなんて言ったら、どんな騒ぎになるだろう……。思い悩みながらうとうとしていたサトシは、ポケットから謎の警告文を発見する。「行動を起こすのは少し待て。お前は何か忘れている。俺たちは不完全だ」――そしてカレンと共に自宅へと向かったサトシは、再び不自然な眠気に襲われて、意識を失ってしまう。
気がつくと夜になっていて、部屋には「探さないで」と書かれたカレンのメモが残されていた。彼女はどうして、どこに消えたのか? そしてサトシのもとにはもう一通の手紙――かつての自分自身の筆跡で書かれた文が残されていた。「お前は昔の全てと仲直りしなきゃならない」。これは眠っていたもう一つの人格「サトシ・プラス」からの手紙だ!
別の人格である「サトシ・プラス」がいつの間にか目覚めて、何かを目論んでいる――サトシ・マイナスは少年時代のサトシをばらばらにした、二十五項目にわたる人格分割リストを回収するため、古書店の駐車場で暮らす友人・オカベのもとを訪れるが……。欠落した記憶、絵描きだった父の死、全ての鍵を握る「ある人物」――自らの過去を辿りなおす多重人格者サトシと、彼の友人、家族、恋人がそれぞれ見いだす“真実”とは? 明るく爽やかな「多重人格」成長小説にご期待下さい。