ユニークな構成が際立たせる
豊かなユーモアと鮮やかな謎解きの妙
『検死審問−インクエスト−』
パーシヴァル・ワイルド/越前敏弥訳

 まずは題名にもなっている「検死審問」とは何か、について簡単に説明しましょう。「検死審問(Inquest)」とは、変死体が出たときにその死因を究明するため、検死官と、一般人から選ばれた検死陪審員が集まって関係者の証言を聞き、「他殺」「自殺」「死因不明」などの評決を下す制度のこと。その後の捜査はここで下された評決に沿っておこなわれます。英米の翻訳ミステリを読んでいると、しばしばお目にかかりますね。

 本書『検死審問−インクエスト−』のユニークなところは、最初から最後まで、その検死審問でのやり取りのみで物語が成り立っているという点です。したがって読者は、これが初の審問となるリー・スローカム検死官に招集された陪審員たちと同じ立場に身を置いて、事件関係者の証言を聞くことで、事件の様相を把握しながら、真相をさぐっていくことになります。

 次々に登場する関係者はみな強烈な個性の持ち主で、上質のユーモアをまじえた筆で描き出される、なんともとぼけた語りの数々には、思わず笑みを誘われます。しかし、そこで油断してはいけません。本書は極上のユーモア・ミステリであると同時に、優れた本格ミステリでもあるのですから。結末にいたるや、その鮮やかな謎解きの妙に、きっと膝を打つことでしょう。

 ところで、本書の書名と著者名に、見覚えのあるかたもいらっしゃるのではないでしょうか。
 実は本書、かつて『検屍裁判――インクエスト』の訳題で、弊社の〈世界推理小説全集〉をはじめ、いくつかの版で刊行されていた作品を新訳でお届けするものです。だからといって、古くさい作品だと早合点してはいけません。
 江戸川乱歩が評論集『幻影城』の中で「1935年以後のベスト・テン」の一冊に加えたり、大のミステリ嫌いで知られたレイモンド・チャンドラーがエッセイで高く評価したりと、多くの目利きをうならせてきただけのことはある、少々の時代の変化などには左右されない、確固たる内容を持つ傑作なのです。
 長らく読めない状態が続いてきましたが、このたび見事な新訳でよみがえったこの作品、その真価をぜひたしかめてみてください。

 なお、本書には続編があります。その続編"Tinsley's Bones"(1942)は、スローカム検死官以下の面々が再登場し、ふたたび開かれた検死審問を舞台とする物語。こちらも創元推理文庫より刊行予定ですので、どうぞお楽しみに。

(2008年2月5日)