知的で詩的で正直で不器用すぎる
実体験をもとにした
世界的ロック・スターとの禁断の愛の物語
彼はぼくの恋人だった
ダグラス・A・マーティン著/中川五郎訳

 超大物ロックスターの“彼”と一学生の“ぼく”との禁断の愛を綴った本書。『ヴィレッジ・ボイス』誌で「文学界のモリッシー」と評された作者ダグラス・マーティンの記念すべき長編デビュー作である。“ぼく”、つまりは作者の実体験にもとづく小説、同性愛とくれば、単純に興味をそそられる。実際、1970年代後半にジョージア州アセンズでバンドを結成して地元で人気を博し、やがては世界的なスーパースターとなって、映画のプロデュースにも関わるようになったロック・アーティストといえば、ロックか映画にちょっと詳しい人ならば、すぐにもその名前が思い浮かぶことだろう。

 しかし本書はそうした読者の好奇心を満足させるようなスキャンダラスな内容にはとどまらない。確かに、海外ツアーへの同行、豪華なホテルやディナー、ミュージシャンの素顔、セックスなど、刺激的な描写も含まれている。だが、小さな頃から自分が「人とは違う」ことに気づかされ、崩壊した家庭と向き合い、学校にも溶け込むことができなかった“ぼく”の存在は、あまりにも多感で繊細なものだ。スターの彼との3年半の交際でセレブの世界と接しつつ、自分自身の生き方、進むべき道を見つけ出そうと苦闘する“ぼく”は、ゴシップの対象とみなすには、知的で詩的で正直で不器用すぎる。そんな“ぼく”の切ない恋心が美しく、優雅に綴られるのが本書の一番の魅力であろう。自身もミュージシャンである中川五郎氏が、そんな“ぼく”の筆致の魅力をあますところなく日本語にしている。

 ちなみに本書はアメリカ図書館協会のGLBTブック賞にノミネートされ、『タイムズ文芸付録』紙でインターナショナル・ブック・オブ・ザ・イヤーに挙げられた。フランクフルト・バレエ団とフォーサイス・カンパニーのマルチメディア作品で翻案もされ、ダンスに興味のある方にも必読である。

(2007年9月5日)
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