すべての善人に読まれるべき、本の形をした怪物である
――桜庭一樹        

ずっとお城で暮らしてる
シャーリイ・ジャクスン/市田泉訳

 「魔女」と呼ばれた異色作家、シャーリイ・ジャクスン。映画原作としても有名な幽霊屋敷ものの傑作『丘の屋敷』、雑誌掲載時に大反響を呼んだ短編「くじ」に並び、著者を代表する作品として名高いゴシックロマン“We Have Always Lived in the Castle”――『ずっとお城で暮らしてる』を新訳でお届けします。

+++++

 過去に一族のほぼ全員が毒殺されたブラックウッド家。幼いメリキャットと姉のコンスタンス、そして二人の伯父ジュリアンの三人だけが生き残った。十八歳になったメリキャットは、毒の影響で不自由な体となり、狂気に冒されつつあるジュリアン、毒殺魔と噂されるコンスタンスとともに、閉ざされた屋敷で静かな暮らしを営んでいた。
 週二回、食料品を買いに村へゆくと、ブラックウッド家に敵意を抱く村人たちが彼女を待ち受けている。だが、メリキャットは強固な空想の中で生き、彼女なりに村人たちを軽蔑し、憎むことで己を守っていた。

 あたしは月に住んでるの、と考えて、足早に歩いていく。男の子たちにすぐさま気づかれた。その子たちが腐れはて、苦痛に身を丸め、大声で泣き叫ぶところを思い浮かべる。目の前で地面に転がり、身体を二つに折って泣き叫んでいればいいのに。
「メリキャット」男の子たちははやしたてた。「メリキャット、メリキャット」そしていっせいに移動して、フェンスのわきに一列に並んだ。
 親たちに教わっているのだろうか。ジム・ドネルや、ダナムや、薄汚いハリスが、子供たちに定期的な訓練をほどこして、愛情たっぷりに教えこみ、声の高さをそろえるように指導しているのだろうか。そうでもなければ、これほどたくさんの子供たちが、これほど完璧に覚えられるはずがない。

 メリキャット お茶でもいかがと コニー姉さん
 とんでもない 毒入りでしょうと メリキャット
 メリキャット おやすみなさいと コニー姉さん
 深さ十フィートの お墓の中で!

 あたしはその言葉がわからないふりをした。月の上でしゃべるのは、流れるような優しい言葉。星明りの中で歌をうたって、死んでひからびた世界を見下ろすの。もう少しで、フェンスを半分過ぎる。

 みんな死んで地面に転がっていればいいのに。

 空想に彩られた穏やかな日々を過ごす三人の元に、突然、今まで連絡の無かった従兄のチャールズが訪れる。世慣れた様子の彼に惹かれるコンスタンスと、忌み嫌い追い払おうとするメリキャット。だが、美しく病める箱庭世界は大きな変化を迎えようとしていた……。

(2007年8月6日)
本の話題のトップへトップページへもどる