『半身』『荊(いばら)の城』に続く、待望の最新作
『夜愁(やしゅう)』上下
サラ・ウォーターズ/中村有希訳(2007年5月刊行)

 時は決してさかのぼれない。だが、もしも……?
 物語を始めるのは、ひとりの女性のつぶやき。屋根裏部屋にひっそりとたたずみ、もの思う彼女の目に映ったものは――

 サラ・ウォーターズ。
 その名前が、わが国の読書界に広く知られるようになったのは、彼女の作品が初めて翻訳紹介された、2003年のことでした。
 その翻訳第一弾、サマセット・モーム賞受賞作である『半身』は、人々に驚きと興奮を持って迎えられました。そのことは年末の各種ベストで、同書が数々の栄冠に輝いたことからも裏づけられています。
 翌2004年に紹介された第二弾、CWA(英国推理作家協会)ヒストリカル・ダガー受賞作である『荊の城』もまた、同じように熱狂的な好評を持って受け入れられました。これらの作品を読み、その虜となった者は誰しも、次なる作品の刊行を待ち望んでいたことでしょう。

 そして2007年。ついに満を持して、彼女の最新作をお届けできるときが来ました。その作品こそが、これからご紹介する『夜愁』The Night Watchであります。惜しくも受賞こそなりませんでしたが、かのブッカー賞最終候補作である本書は、間違いなくサラ・ウォーターズが全身全霊をかけてあらわした、たいへんに力のこもった傑作です。

 本書は設定の段階でいくつか、既刊の二作品と異なる点を見いだすことができます。最大の相違点は、『半身』『荊の城』がヴィクトリア朝のロンドンを舞台としているのに対し、『夜愁』で描かれるのは同じロンドンでも、1940年代のロンドンだということでしょう。
 1940年代といえば、第二次世界大戦のあった時代。わが国と同様、イギリスも戦火の影響をこうむらずにはいられませんでした。『夜愁』でも、戦争の影が登場人物たちに、さまざまな形で投げかけられています。

 そして、ウォーターズの魅力といえば、その流麗な筆はこびもさることながら、息づかいすら聞こえてきそうな登場人物たちの描写も挙げられるでしょう。本書に登場する人々――ケイ、ジュリア、ヘレン、ヴィヴ、ダンカン等々――は、決して超人でも、数奇な生涯を送るわけでもありません。あくまで、さまざまな境遇のもとで市井に生き、同じ戦争を経験した人たちです。戦争が、そうした彼らの人生をどのように変えたか。あるいは変えなかったのか。
 その点もまた、本書の読みどころであります。

 運命に翻弄される、多彩な登場人物たち。ときにしめやかに、ときに大胆に戦中・戦後の日々を生き抜く彼女たち、彼たちが夜の果てに見いだしたものとは――
 サラ・ウォーターズが贈る、めくるめく夜と戦争の物語。
 『夜愁』は、2007年5月30日刊行予定です。

(2007年5月7日)

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