小粋な会話が彩る、くせ者同士のしたたかな駆け引き

『身元不明者89号』
エルモア・レナード/田口俊樹訳 (3月刊行)


 裁判所の書類を指定された相手に配ってまわる。それが令状送達人、ジャック・C・ライアンの職業。そんな彼が、こづかい稼ぎのつもりで請け負ったのが、「ロバート・リアリー・ジュニアという男を探してくれ」という依頼だった。
 三年も続けているいまの仕事でつちかったノウハウを活かせる、簡単な一件に思えたこの人探しが、ライアンを腹に一物あるくせ者ぞろいの悪党たちや麗しの美女と巡り会わせ、やがては絶体絶命の窮地へと追いこんでいくことになる……。

 1983年に発表した『ラブラバ』でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞を受賞、さらに1992年にはMWAグランド・マスター賞を受賞し、タランティーノ監督が最大限の敬意を捧げる男。それがエルモア・レナード、押しも押されぬ犯罪小説の大家にして、アメリカ・ミステリ界の最長老です。しかし、その作風は円熟味を増しこそすれ、決して瑞々しさを失ってはいません。すでによわい80歳を超えていますが、執筆意欲は相変わらず旺盛で、今年2007年にも新作の犯罪小説が刊行されます。

 本書『身元不明者89号』は、そんなレナードが1977年に発表した傑作です。後年の作品に比べると、ストーリー展開はシンプルですが、それはあくまで彼自身の著作と比較してのこと。他の作家では味わえない、レナード独自の魅力は存分に盛りこまれています。むしろ、入門編には持ってこいの一冊といえるかもしれません。

 いずれ劣らぬくせ者ぞろいの登場人物たち、彼らが交わす小粋な会話、ときには堂々と、ときにはひそかに行われる駆け引きの妙。しばしば〈レナード・タッチ〉と評される鮮烈な作風を、どうぞ体験してください。

 同じくデトロイトを舞台にし、生まれついての悪党と敏腕刑事が死闘をくり広げる傑作『野獣の街』も、あわせてどうぞ。

(2007年3月5日)