世界の原理と繋がる、不思議な少女の物語
稀有の想像力に彩られたSFファンタジー

『ゆらぎの森のシエラ』(創元SF文庫)
菅浩江

 狂暴化した動植物に囲まれ、緩やかな滅びに向かう地キヌーヌ。怪物におびやかされる絶望と諦念の日々のなか、人々は強大な力を持つ守護神リュクティに祈り続けていた。しかしリュクティもまた、怪物たちの主人パナードが世界を掌握するために創りあげた異形だった。パナードは怪物たちを裏で操る一方、いつわりの守護神を作り上げ、人々を支配下におこうと画策していた。

 パナードに創造された最強の異形、金目(キンメ)は、かつて人であった頃の記憶と自我を奪われ、殺人機械へと変貌させられていた。だが、殺戮のさなかに聞こえた、幼い少女の呼び声が金目の感情を甦らせた。
 少女の名はシエラ。彼女は金目を騎士と呼び慕い、その強大な力に臆することなく彼にまとわりつく。塩の霧で立ち枯れした森の中でも、なぜか彼女の周囲だけは穏やかな風が吹き、陽光は満ちあふれ、自然は本来の姿を取り戻していた。
 かつての主パナードへの復讐を誓い、異形たちに戦いを挑む金目。そして彼と行動を共にするシエラの身体は異様な変化を遂げる。極端に早い成長と「下手物食い」、急激な知能の発達。その不思議な変化は、世界の原理そのものと繋がりはじめる……。

 三月の国内SFは、ファンタジー世界にバイオSFの要素が織り込まれた、心揺さぶる傑作、『ゆらぎの森のシエラ』をお届け致します。
 かつての記憶を奪われ、復讐のために戦い続ける青年。歪んだ生態系の森を変化させる不思議な力を持つ少女。理想郷を目指す創造主。彼らを巡る人々の想い、そしてそれぞれが直面する運命が織りなす、約束と救済の物語。『雨の檻』『永遠の森 博物館惑星』『五人姉妹』など、切なさと綺想に彩られた作品群で人気を博す著者の真骨頂ともいえる作品です。
〈ミステリーズ!〉にて好評を博した連作短編「ピイ・シリーズ(仮)」も単行本で刊行の予定。どうぞお楽しみに。

(2007年3月5日)