北欧ミステリの真髄
ヘニング・マンケルの警察小説シリーズ

タンゴステップ(5月刊)
ヘニング・マンケル/柳沢由実子訳

●最新刊『タンゴステップ』(5月刊)


 彼は54年間、眠れない夜を過ごしてきた。
 森のなかの一軒家、選び抜いたダークスーツを着て、人形をパートナーにタンゴを踊る。だが、その夜明け、ついに敵が彼を捕らえた……。

 ステファン・リンドマン37歳、警官。舌ガンの宣告を受け、動揺した彼が目にしたのは、自分が新米のころ指導をうけた先輩が、無惨に殺害されという新聞記事だった。動機は不明、犯人の手がかりもない。治療を前に休暇をとったリンドマンは、単身事件の現場に向かう。

 殺された元警官モリーンの住んでいた場所を訪ねたリンドマンは、地元の警察官と協力しつつも、独自に捜査を開始する。だが、調べを進める彼の前に、新たな死体が。殺されたのはモリーンの隣人だった。同一犯の仕業か、それとも……。
 次々とあきらかになる、先輩警察官の知られざる顔、そして意外な過去。自らの病に苦しみ、迫り来る死の恐怖と闘いながら、リンドマンは真実を追い求める。

 ヨーロッパ各国で揺るぎない人気を誇るヘニング・マンケルが、現代スウェーデン社会の闇と、一人の人間としての警察官リンドマンの苦悩を鮮やかに描き出す!
 CWA賞受賞作『目くらましの道』のあとに続く、スウェーデン推理小説の記念碑的作品。


『目くらましの道』上下

 イースタ署のヴァランダー警部は、夏の休暇を楽しみにしていた。現在交際中のリガの未亡人バイバと旅行に行くのだ。幸い今年は暑く気持ちのいい夏になりそうな気配。このまま何事もなく過ぎてくれればいいのだが……

 そんな平和な夏のはじまりは、1本の電話でひっくり返された。不審な女性が畑にいるという通報がはいり、ヴァランダーがかけつけてみると、農家の菜の花畑に少女いた。なにかに怯えている様子の少女は、ヴァランダーがとめる間もなく、灯油をかぶり自らに火をつけて焼身自殺。身元も自殺の理由も不明だった。
 そして目の前で少女が燃えるのを見たショックに追い打ちをかけるように、事件発生の通報が入る。殺されたのはイースタで隠遁生活をおくっている元法務大臣。背中を斧で割られ、頭皮の一部を髪の毛ごと剥ぎ取られていた。
 あまりに凄惨な殺害方法に、ヴァランダーらイースタ署の面々に戦慄がはしる。
 だが、これはほんの手始めにすぎなかった。
 ひとりめの犠牲者の元法務大臣に続いて、美術商が、さらに盗品の売人が同様の方法で殺害された。しかも犯行は次第にエスカレートし、3人目の男は生きているうちに両目を塩酸で焼かれていた。
 3人の犠牲者に共通するものは? そしてなぜ3人目だけが目を潰されたのか? 犯人の目的は何なのか? 
 常軌を逸した連続殺人にヴァランダーらの捜査は難航する。そして4人目の犠牲者が……

 CWA賞受賞の傑作。現代社会の病巣を鋭くえぐる、傑作シリーズ第5弾。


『笑う男』


 前作『白い雌ライオン』の事件で心に傷を負ったヴァランダー警部。恐ろしい記憶から、良心の痛みから逃れようとイースタを離れ、アルコールに溺れ、それでもなお立ち直ることができずにいる彼を救ったのは、かつて若く幸せだった頃、別れた妻のモナと共に滞在したことがある、デンマークの片田舎、イッランド島スカーゲンの砂浜だった。
 来る日も来る日も誰とも言葉をかわすことなく、たったひとりで砂浜を歩くヴァランダー。自分の内面を見つめなおし、再構築し、癒していく、気の遠くなるような孤独な作業の末、彼がたどり着いた結論は、これ以上警官を続けることはできない、というものだった。
 そんなヴァランダーのもとに、思いがけずひとりの男が訪ねてきた。友人の弁護士ステン・トーステンソンだった。共同で弁護士事務所を営む父親が交通事故死したのだが、どうも腑に落ちない点があり、彼に力を貸してほしいのだという。だが、自分自身の問題だけで手一杯のヴァランダーは力を貸すことなどできないと言って、すげなく断ってしまう。
 いよいよ辞職の決意を伝えるべくイースタに戻ったヴァランダーが、新聞で見たのは、そのステン・トーステンソンの死亡記事だった。数日前、スカーゲンの海岸で話したばかりの彼がなぜ? 同僚の刑事マーティンソンに問い合わせて、ステンの死因が他殺であると知り、ヴァランダーは愕然とする。
 辞職の決意などどこへやら、驚く署長、同僚を尻目に復職し、弁護士親子の死の謎を追い始めるヴァランダーだが……。


 さて、シリーズ5巻目ともなると、ミステリとしての面白さ(CWA受賞作ですから)もさることながら、主人公であるイースタ署の警部クルト・ヴァランダーと彼をとりまく人々の人間ドラマとしての面白さもひとしお。

 2巻目『リガの犬たち』では、事件捜査でイースタに派遣されてきたラトヴィアの捜査官が殺され、ヴァランダーはなんとその未亡人バイバ・リエパにひとめぼれ、彼女のためにとひと肌もふた肌もぬいでしまうのですが、3巻目、4巻目を経て、なんとこの『目くらましの道』ではこれまでの猛アタックが実り、めでたくバイバと夏の休暇をすごすところまでこぎつけています。
 連続殺人事件の捜査を推し進める一方で、事件が長引き休暇旅行にいかれなくなるかもしれないことを、なかなかバイバに電話できないでいる。好きな女性に対しては不器用で臆病、そんなヴァランダーの姿が浮かびます。

 また、1巻目の『殺人者の顔』からずっと、警官という職業を選んだヴァランダーを非難しつづける父親とはなにかと衝突をしてきましたが、巻を追うごとに、その父親との関係も微妙に変化しています。『笑う男』では、父親と仲がよかった頃のことがヴァランダーの回想にたびたび登場しましたが、父親の再婚、そしてアルツハイマー発病をへて、ようやくヴァランダーと父親の関係が修復されるのが、この『目くらましの道』です。とくにラストでヴァランダーが、画家である父親の長年の夢だった、イタリアへ共に旅立つシーンは胸をつきます。事件の重苦しさを補ってあまりある暖かさがあるのです。

 もうひとり、忘れてはならないのが、ヴァランダーのひとり娘リンダ。『白い雌ライオン』では犯人に誘拐され、『笑う男』ではアルコール中毒一歩手前の父親を叱りつけと、なんだかとばっちりばかりのリンダですが、この『目くらましの道』では、小さい頃にヴァランダーの持ち帰った捜査書類や、目撃者の事情聴取をこっそり読んでいたという意外な過去が判明。家具職人になると言ってみたり、演劇に首を突っ込んでみたりと、将来についていろいろ悩み多き年頃の彼女ですが、実は2002年に刊行されたINNAN FROSTEN へと至る布石が、こんなところに置かれていたとは……。
 リンダが主人公のINNAN FROSTEN も創元推理文庫より刊行予定です。

(2007年1月5日/2008年5月7日)