第16回鮎川哲也賞受賞作

解剖学研究室を覆う、壮大な復讐計画
麻見和史『ヴェサリウスの柩』

 第16回鮎川哲也賞受賞作『ヴェサリウスの柩』をお届けします。
 タイトルの「ヴェサリウス」という名前は、あまり馴染みのないものかもしれません。フルネームはアンドレアス・ヴェサリウス。解剖が神への冒涜とされた16世紀のヨーロッパで、人体を正確に記録、系統立てて解説し、近代解剖学の基礎を築いた人物です。
 本書の舞台は、そのヴェサリウスの流れを継ぐ、現代の解剖学研究室。
〈ご遺体〉から発見されたチューブの謎、復讐者の不気味な影、そして壮大にして巧緻な復讐計画――。
 抜群のリーダビリティを備えた、衝撃のデビュー作です。著者の今後の活躍にどうぞご期待ください。



 解剖実習中〈ご遺体〉の腹から、一本のチューブが発見された。状態からして、かなり以前から腹腔に眠っていたと推定される。生前に施された手術の際、医療ミスで置き忘れられたのだろうか。
 しかし、そのチューブには奇妙な点があった。両端が塞がれているのだ。中に何も通せないのならば、医療器具としては無意味だ。そのことに気づいた研究室助手の千紗都は、そのチューブの端を切り落とした。その中には研究室の教授に宛てた不気味な四行詩が封じられていた。
園部よ 私は戻ってきた
今ここに物語は幕を開ける
Kを咎めよ Tを罰せよ
最後にお前は沈黙するだろう
 悪質ないたずらか、文面通りの脅迫か。いずれにせよ、このチューブを埋め込んだ人物は、なぜこのような迂遠で不確実な方法を選んだのだろうか。千紗都にはわからなかった。事故や事件ではない通常の死を経て、遺体が解剖実習に回され、さらにこの四行詩の名宛人である園部教授のもとで解剖される確率――それは、皆無とはいえない。現実に、目の前で起こっているのだから。
 この事実を知らされた園部教授は、ただのいたずらだろうと一蹴する。園部を慕う千紗都は調査しようとするが、守秘義務を理由に彼はそれを許さない。しかし、園部の動揺に千紗都は気付いていた。
 そんな園部を嘲笑うかのように、第二の四行詩が解剖学研究室を襲う。そして、その四行詩どおりの怪事が発生した。死者が、黒い絨毯の上で踊ったのだ――。
 事務員の梶井に巻き込まれる形で千紗都は調査を始め、ついにチューブを埋め込んだ医師を突き止める。しかし、予想外の事実が千紗都と梶井の前に立ちふさがった……。
(2006年9月14日)