〈魔性の女たち〉が織りなす恐怖譚12篇
『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』


 長い梅雨が明けたと思いきや、急に蒸し暑い日が続く、ビールと団扇が欠かせない季節となりました。まさに日本の夏。
 かといって、クーラーの効いた部屋に冷たい飲み物ばかりでは、体もだるくなってしまいます。蒸し暑くて寝つけぬ夜は、古人のひそみに倣い、怪談で涼を求めるのも一興。
 そこでお勧めなのは、多様な作家の傑作を集めた怪奇小説アンソロジー。短い時間でさっと読める上、質の高さも保証付き。眠れぬ夜のお供には、文字も大きく読みやすくなった定番中の定番『怪奇小説傑作集』(1〜5)、しっとりとした日本の情緒が堪能出来る『日本怪奇小説傑作集』(1〜3)、まずはお試しに1冊と言うことであれば、奇妙な味わいの作品を集めた『怪奇礼讃』など、多種多様なアンソロジーをご用意致しております。
 そして、もう定番作品は読んでいるので、ちょっと目先の変わった作品が読みたい、今まで紹介のなかった作家の作品に触れてみたい、という皆様にも朗報です。英米の女流作家の手による傑作群から、古今東西の怪談に通暁する三人の具眼の士が精選、集成したアンソロジー『淑やかな悪夢』が、単行本から手に取りやすい文庫となってお目見えとなりました。

 一読した〈アトランティック・マンスリー〉誌の編集長ホレス・スカッダーが「自分が感じた惨めさをほかの人物に味わわせることなどとうてい容認できるものではない」と掲載を拒絶し、発表後は「書かれるべきではなかった、読んだ者の正気を失わせる作品」との抗議まで舞いこんだギルマン「黄色い壁紙」。まさにワンアンドオンリーのニューロティック・ホラーの傑作です。神経の不調に悩む女にあてがわれたのは、異様な模様の黄色い壁紙が貼られた古い子供部屋の一室。壁紙の下の方には、何ががこすれたような痕がぐるりと一周している。
 由緒正しい植民地風の美しい邸宅。わたしたちのようなごく普通の人間が、あんなに安い値段で借りられるなんて、おかしいと思っていた……。
 ほか、女の熱愛と執念がエロティックな恐怖をもたらす、艶やかなるシンクレアの逸品「証拠の性質」、短篇の名手マンスフィールドによる、幻想的でもの悲しい掌編「郊外の妖精物語」、究極の選択がもたらすデモーニッシュな物語「宿無しサンディ」など、幅広い12編を収録。他では読めない傑作揃いのアンソロジー、真夏の夜のお供に是非お求め下さい。
 ただし。
 涼しくなりすぎて、震えの止まらぬ一夜とならぬよう、くれぐれもご注意を。

(2006年8月7日)