山田ミステリの真骨頂にして新境地!
幻惑と衝撃の傑作
『カオスコープ』


 山田正紀といえば、伝説的なデビュー作『神狩り』をはじめ、第3回日本SF大賞受賞作『最後の敵』、『宝石泥棒』、『エイダ』、『神獣聖戦』などに代表される雄編で、SF界の重鎮として広く知られていますが、冒険小説の分野においても『謀殺のチェスゲーム』、『火神(アグニ)を盗め』等の傑作を発表している他、伝奇小説、ハードボイルドなど、多岐にわたるジャンルに作品を著し、まさにオールマイティな才能として華々しい業績を残してきました。ことにミステリにおいては、『人喰いの時代』、〈女囮捜査官〉シリーズ、『天正マクベス』、そして第55回日本推理作家協会賞、第2回本格ミステリ大賞に輝いた『ミステリ・オペラ』等々、今日までに錚々たる実績を築き続けています。
 その山田ミステリの真髄を究め、かつ新たな試みに挑んだ野心作『カオスコープ』がついに今夏、「ミステリーズ!」連載時より大幅加筆修正のうえ、単行本にてお届けの運びとなりました。

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 ぼくは鳴瀬君雄。売れない作家業に見切りをつけ、妻とともに故郷で父親の介護をしている。ぼくは何らかのトラウマを抱えているらしく、そのせいで時折過去の記憶があいまいになってしまう。……女性の悲鳴、飛び散る赤い血……どうしてだろう、ぼくはなにかとても大切なことを忘れているような気がする……
「誰だろう。誰かがブルゴーニュ産の赤ワインのことを話している……」

 ある朝、塵捨て場で出会った老人に、ゴミ袋と引き換えに、ポーの『大鴉』についての解釈を聞かされたうえ、壊れた万華鏡を渡された。
「何も見えないよ」「これさー、壊れてるんじゃないかな」
「さあ、ほんとうに壊れてるのは万華鏡なんだろうかね」「世界が壊れてるんじゃないのか」「それともあんたが――」
 ポケットには鋭利な果物ナイフと、手には身に覚えのない傷痕。そういえば、あのゴミ袋にはなにか赤いものが付いていた……。そして自宅に戻ったぼくが目にしたのは、無惨に喉を掻き切られた父親の死体だった。いったい誰がこんなことを? 
 もしかして、ぼくが? 

「鳴瀬さん、申し訳ありません。『まんげきょう連続殺人事件』のことについてお話をうかがいたいことがあります。すこしだけ、お時間をいただけないでしょうか」

 ぼくは、父親殺しで、しかも、連続殺人犯だというのか? じゃあ、あの凄惨な殺人の記憶は本物なのか?
 ほんとうに頭がおかしくなってしまったのだろうか。ぼくは壊れてしまったのか。そうかもしれない。

「そうさ、ぼくはそう思う。人間には二通りある。歌う人間と歌わない人間の二通りがあるんだ」
 捜査一課の刑事、鈴木は"いつもそこにいない"相棒と話し続ける。彼は世間を震撼させる「万華鏡連続殺人事件」の捜査に携わる中、ビルから男が突き落とされたという通報を受け、現場に向かっていた。被害者の名は鳴瀬君雄。現在は意識不明の重態のまま、救急病院に搬送された。
 鈴木が捜査を進めるうちに、「万華鏡連続殺人事件」の容疑者は衆目の中で謎の自殺を遂げる。そして意識を取り戻した鳴瀬が病院から脱走したとの知らせを受け、単身鳴瀬宅にむかうが……
「わかってるさ、たしかに人の記憶は嘘をつく。記憶ほどあいまいで不確かなものはない。そんなことはわかってるさ。ああ、ああ、十分に気をつけるつもり――」
 鳴瀬君雄、おい、おまえは鳴瀬君雄じゃないのか。

「どこからか歌が聞こえないか」
「歌って、何の歌?」
「恋の歌だと思うんだけど」
「わたしには恋の歌なんか聞こえない。あなたには聞こえるの?」
 そのときのことだ。背後から耳にソッと息が吐きかけられるのを覚えた。

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 虚ろな心と壊れた記憶を抱えたまま、真実を求めてさまよう鳴瀬と、彼を捜す奇妙な刑事、鈴木。二人は度重なる運命の交錯の末に、衝撃の事実に直面することになります。
 山田ミステリの真骨頂にして新境地、どうぞお見逃しなきよう!

(2006年6月5日/2006年7月5日)