ローレンス・ノーフォーク
『ジョン・ランプリエールの辞書』〈上下〉
エーコ+ピンチョン+ディケンズ+007!
「この十年の絶対おすすめ翻訳ミステリー・ベスト10」
第一位!(本の雑誌)


 サマセット・モーム賞受賞。2001年度版「このミステリーがすごい!」第5位。本の雑誌「この十年の絶対おすすめ翻訳ミステリー・ベスト10」で堂々第1位に選出されました『ジョン・ランプリエールの辞書』が文庫になります。

 18世紀、イギリス海峡に位置するジャージー島。本の読みすぎで極度の近視になってしまった22歳のジョン・ランプリエールが、眼鏡と、可視世界を手に入れるところから物語は始まる。がらりと変わった世界で、2度目の青春を謳歌せんとはしゃぎまわるジョン。そして、教会での子爵家の美少女ジュリエットとの出会いが、彼の世界をさらに変えることになる。
 ひとめ惚れしたジュリエットへの想いに浮かれるジョン。気がかりなのは本で読んだことが実際に起こるという奇妙な体験であった。紀元前15世紀のアテナイの王が眼鏡屋のストーブに現れ、さらにはウェルトゥムヌスというローマ神話の神が、あろうことか家の近くの畑に出没したのだ。相当変わった馬鈴薯(ばれいしょ)癖を持つ牧師に相談するも埒は明かない。
 もっともそのような悩みも、ジュリエットに依頼された子爵家の蔵書整理の仕事の成功を思えば、取るに足らないことであった。何しろジュリエットの前で、仇敵の教師を見事に打ち倒したのだから。
 しかし、そんな夏の終わり、ジョンの父、チャールズが悲劇的な死を遂げる。
 ジュリエットの水浴姿に出くわしたチャールズが、ジョンの面前で猟犬にズタズタに噛み殺されてしまったのだ。その光景は奇妙なことに、ジョンのもとに送られてきた差出人不詳の本にあった挿絵と一致していた。ディアナの水浴姿を覗き見たアクタイオンが八つ裂きにされる、ギリシア神話の挿絵と。

 父の遺産相続手続きのためロンドンに赴くジョン。父の遺品には、ジョンの祖先が交わした東インド会社にまつわる不可解な〈合意書〉が含まれていた。
 本で読んだことが実際に起こる――投影的他覚的辞書語彙反響動作症と診断されたジョンは、この神経症の治療のため、固有名詞辞書の執筆を開始する。しかし、そんなジョンを待ち受けていたのは凄惨極まりない奇怪な殺人であった。凶器は、黄金の雨……。

 暗躍するインド人の殺し屋の意図は? ロンドン地下に横たわる巨大な恐竜の化石。そこに潜在する秘密組織〈カバラ〉の正体とは? かつて航行中に消息を絶った帆船の行方は? ユグノー弾圧の最終章、ラ・ロシェル包囲戦で果たして何が起きたのか? そして、ジョンとジュリエットの恋の行方は?

 本書は、ありったけの物語と謎とペダントリーを詰め込んだ大バロック歴史小説です。
 本書の主人公、ジョン・ランプリエールは「古典籍固有名詞辞典」を執筆した実在の人物です。しかし、実在の人物だからといって、本書のような体験をジョンがしたわけがないと言い切れるほど、本書はどんどんヒートアップ、そして驚異の結末へと一気になだれ込んでいきます。
 本書は、冷静に考えれば相当に突拍子もない荒唐無稽なストーリーのはずです。しかし読んでいてもそれは気にならず、それどころか、次に何が飛び出すのかと小説世界に没入できるのは、本書が類まれな小説の力を持っているからではないでしょうか。

 世界の読書人を驚嘆させた『ジョン・ランプリエールの辞書』。この掛け値なしのおもしろさと、青木純子先生の見事な訳業を、是非ご堪能いただければと思います。至福の読書時間をお約束いたします。

(2006年4月5日)