六人六様の本格ミステリアンソロジー
『川に死体のある風景』e‐NOVELS編
創元クライム・クラブ

歌野晶午 黒田研二 大倉崇裕
佳多山大地 綾辻行人 有栖川有栖

 e‐NOVELSとの連動企画として、2004年10月『ミステリーズ!vol.07』からスタートした『川に死体のある風景』。本格ミステリの旗手六名が、「川と死体」をテーマに競います。
 実在、架空問わずに描かれた風景に浮かぶ死体には、どんな背景があったのか――

●収録作品
「玉川上死」歌野晶午
「水底の連鎖」黒田研二
「捜索者」大倉崇裕
「この世でいちばん珍しい水死人」佳多山大地
「悪霊憑き」綾辻行人
「桜川のオフィーリア」有栖川有栖

 今回の単行本で、トップバッターを務めた歌野晶午氏による序文を紹介しましょう。

*    *    *

 目を閉じて思い浮かべてください。
 あなたの前を川が流れています。
 ごつごつした岩の間を飛沫をあげて流れ落ちる雪解け水。河川敷に響く球音、夕日に照り映える川面。帆船がのんびりと遡行する、向こう岸が見えない大河。油膜が張り、腐臭が漂う都市の運河。
 実在、架空は問いません。自由に想像してください。
 その川に死体を置いてください。
 急流に押されて川を下る顔の潰れた男。葦原に埋もれた腐乱死体。釣り人の針にかかったしゃれこうべ。淀みに漂う全裸の女、イソギンチャクのよう広がっては閉じる漆黒の髪、そこに群がる鯉に鮒。
 どうです? ゾクッとくるでしょう? この人物は誰なのか、なぜ死んでいるのか、どうやって殺されたのかと、次から次へと想像が膨らみ、一編のミステリになっていきませんか?
 川と死体――なんという雰囲気のある風景なのでしょう。

 江戸川乱歩の代表作「陰獣」の背景には川が存在しています。隅田川を背にして立つ西洋館、ぷかりぷかりと現われては沈む裸の死体。川は、ミステリの仕掛けにかかわっているだけでなく、作品全体を覆う陰鬱な雰囲気を作るのにも一役買っています。舞台が湘南の海岸や蓼科の山麓だったらどうでしょう。あそこまでの傑作になったでしょうか。
「陰獣」にとどまりません。コナン・ドイル「ソア橋」、鮎川哲也「暗い河」、島田荘司「ギリシャの犬」と、古今東西、川を舞台としたミステリには傑作が多いのです。ドルリー・レーンの居館はハドソン川河畔、『Xの悲劇』では渡船の上で殺人が発生しました。
 川とミステリは実に親和性が高いのです。

 ということで、我々、六名のe-NOVELS作家も、「川に死体のある風景(略称・川ミス)」を描いてみようということになりました。
 おのおの自由に川を設定し、そこに死体があるところから物語は始まります。
 油彩、水彩、コラージュ、木版、切り紙――思い思いの手法で謎を塗り込め、伏線を散らし、真相を浮かびあがらせます。
 六人六様の「川に死体のある風景」、ご賞味ください。

歌野晶午 

(2006年4月5日)
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