巨匠クイーンが遺した、ミステリ・ファンへの贈り物
『間違いの悲劇』

『オセロー』をミステリ風に脚色すべく、ハリウッドでシェークスピア漬けの毎日を送っていたエラリー・クイーンは、ロス警察のペルツ警部補を訪ねた折、モーナ・リッチモンドの訃報に接する。死の現場は『ハムレット』の舞台と同じ名で呼ばれるエルシノア城。サイレント時代に一世を風靡し巨富を築いた女優モーナの、隠棲の地であった。

 ダイイング・メッセージや消えた遺言状、徐々に明らかになる背景、そして続発する事件――。大女優の怪死に幕を開けた城を繞る悲劇に翻弄され、名探偵エラリーはシェークスピアの呪縛に苦悩する。終幕に待ち受けるのは、如何なる真相か?


 本格ミステリの巨匠クイーンが遺した未発表長編のシノプシス「間違いの悲劇」に、これまで単行本に収録されていなかった7編を配する本書は、ミステリ・ファンへの格別な贈り物となる最後の聖典作品集である。

 表題作は邦訳にして100枚を遙かに超え、プロローグとエピローグ、伏線、トリック、どんでん返し、探偵の苦悩、等々ミステリの必須アイテムと小説の結構を備えている。「粗筋」の域を凌駕する内容には驚くしかない。もちろん犯人の氏名は明記されており、ここまで緻密に組み立てられていながら小説化に至らなかったことが不思議とさえ映る出来映えである。

周知のように“エラリー・クイーン”はマンフレッド・リーとフレデリック・ダネイの合同ペンネーム。合作の過程を窺うことができるという点でも興味深い。

 なお、「間違いの悲劇」には叶わなかった夢の企画が存在する。有栖川有栖氏による巻末エッセイ「女王の夢から覚めて」に詳しい。その一節にある通り、願わくは「梗概を通して、永遠に失われたEQによる『間違いの悲劇』を偲ぶ。それぞれのファンが自分なりの完成形を想像」されんことを。

 巨匠エラリー・クイーン、以て瞑すべし。

(2006年2月13日)
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