猿来たりなば、ひよこ遠からじ!?
〈トビー&ジョージ〉シリーズ、ここに完結!
エリザベス・フェラーズ『ひよこはなぜ道を渡る』

 エリザベス・フェラーズというミステリ作家がいます。つい10年前までの、わが国日本における彼女の評価といえば、昭和30年代に2冊だけ翻訳が出たきりの、知る人ぞ知るイギリス女流作家……という認知のされかたでした。

 その印象を大幅に塗りかえることになったのが――手前味噌で恐縮ですが――1998年に当創元推理文庫から刊行された『猿来たりなば』の与えた衝撃でした。「チンパンジーの誘拐・殺害」という、前代未聞の事件を中心に据えた筋立て、トビー・ダイク&ジョージというユニークな探偵コンビの存在、そして何より、奇妙な謎を見事に解き明かすミステリ作家としての力量が評価され、数十年ぶりの翻訳紹介は多くのミステリ読者に好評をもって迎えられたのです。

 その後、シリーズは4作目〜3作目〜2作目〜1作目と、過去へさかのぼる形で順調に翻訳されてきましたが、このたび刊行されるシリーズ第5作にして最終作、『ひよこはなぜ道を渡る』で、この愛すべきシリーズもついに完結となります。これまでトビー&ジョージの活躍を、楽しんでこられた読者の皆さまにおかれましては、どうかこの作品でも、最後まで楽しんでいただけますよう。

『ひよこはなぜ道を渡る』(1942)

 ある冬の夜。トビー・ダイクが自動車でやって来たのは、ロンドンから1時間ほどのところにあるマロウビー村。この村に住む旧友のジョン・レスターク-トーイから、至急の手紙をもらって駆けつけたのでした。

 ところが、ようやくたどり着いた屋敷〈レドヴァーズ荘〉に明かりは見えず、静まりかえった邸内は無人の様子。不審に思ったトビーが中へ入ると、書斎は格闘でもあったかのように散らかり放題で、床には血痕が垂れ、壁には銃弾の痕までが……そして、トビーは椅子に腰かけ死んでいるジョンを発見します。奇妙なことに、その死に顔はとても安らかで、遺体には外傷が見当たりません。

 その後、ジョンの死はもともと悪かった心臓の発作が原因の、いわゆる“自然死”であることが判明します。では、どこからどう見ても完璧な“殺人現場”にあったはずの死体はどこへ行ったのか? そして、ジョンの死はこの事件といったいどういう関係が……?

 どうやら、最後の最後まで、ちょっと他では例を見ないような謎に、ふたりは取り組まなければならないようです。はたして、これまでの4作品と同じように、トビーとジョージは謎を解くことができるのか? ここから先は、本編をお読みください。

 よい機会ですので、ここでシリーズの既刊を原作の発表順に並べて紹介いたしましょう。


『その死者の名は』(1940)

 名コンビ、トビー&ジョージの記念すべきデビュー作であるとともに、フェラーズ自身の長編ミステリ第1作でもある作品です。ある夜、田舎町に降ってわいた身元不明の死者をめぐる騒動は、トビー&ジョージというユニークな探偵コンビを得たことで、一筋縄ではいかない展開をたどることになります。ふたりの、なんともとぼけた調子の初登場シーンにも要注目。

『細工は流々』(1940)

 トビーの知人が“被害者”となり、ふたりが事件に首を突っこむことになるという点では、『ひよこ』と同じ幕開けをする話。もっとも、こちらの作品では被害者はまっとうに(?)殺されているのですが、事件現場となった屋敷の突飛さでは上を行くかもしれません。何しろ、推理小説の中でしかお目にかかれないような、手のこんだしかけの数々が、屋敷のあちこちで見つかるのですから。

『自殺の殺人』(1941)

 自殺を試みているところに出くわし、成り行きで命を救った植物学者が、翌日変死したことを聞かされたトビーとジョージ。いくつか不審な点もあることから、ふたりはまたしても事件を調べることになります。男の死は、自殺なのか他殺なのか? シンプルな問題が、しつこいくらいに二転三転するさまは圧巻。どんでん返しの魅力を、とことん満喫できる1冊です。

『猿来たりなば』(1942)

 先に述べたとおり、シリーズの先陣を切って翻訳され、フェラーズ再評価のきっかけとなった作品です。読んでいただければ、「チンパンジーの誘拐・殺害」というネタのみで勝負しているわけではなく、巧みに張られた伏線や、今なお新鮮に感じられる趣向の数々が、作品の質を高めていることに気づかれるでしょう。

 「猿」で始まり、「ひよこ」で終わるシリーズの締めくくりとして、本書には、5冊すべてをおひとりで訳された中村有希先生による、回顧を兼ねた訳者あとがきと、本シリーズ刊行の影の立役者・山口雅也先生による解説を書いていただきました(何がどう“影の立役者”なのかは、ご自身でお確かめください)。本編とあわせてお読みいただければ幸いです。

(2006年2月6日)

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