担当の編集者から、こんな野球小説いかがです、と手渡された、この本『メジャーリーグ、メキシコへ行く』The Veracruz Bluesを一読して、思わずうなった。
まずなにより、発想と着想と構想が素晴らしい。そして、そのために入念に丹念に集められた膨大な資料もまたすごい。さらにそれをもとに作り上げられた何人もの有名な選手のエピソードや物語がどれもおもしろいし、それらの物語がもつれあって紡ぎ上げる世界が最高に魅力的だ。そのうえ、そこに語り手である「著者」が登場人物として非常にうまくからんでくる。そしてぜいたくなことに、わきをしめる端役にもかなりの大物が抜擢されている。その中心がアーネスト・ヘミングウェイとベーブ・ルース。
そう、熱い、まさに熱い小説なのだ。その舞台がまたメキシコ!
いったいどんな小説なのかというと……。
これは1946六年にメキシカンリーグが行った、選手引き抜きの話だ。当時の関係者たちは、「メジャーリーグに対する殴りこみ」と呼んでいる。そしてわたし、フランク・ブリンガー・Jr.もその関係者のひとりだ。われわれは、ほかの何千という人間たちとともに、故ホルヘ・パスケルによって買い集められたコレクションの一部だった。
つまりこの小説は、ホルヘ・パスケルによってメキシカンリーグに呼ばれた選手たちが織りなす物語なのだ。このホルヘ・パスケル、作中で折に触れいろんなふうに紹介されているが、ひと言でいってしまえば表の世界にも裏の世界にも通じた大金持ち。アメリカ政府に手を回し、アメリカの野球選手の兵役を免除させるくらいは朝飯前。このパスケルが大の野球好きで、また当時のメキシコが野球熱にうかされていたこともあり、多くの優秀な選手がメキシコに引き抜かれていった。とくに黒人選手が多い。アメリカよりも給料が数倍いいうえに、アメリカとちがって、まったく差別されることない夢のような扱いを受けることができたからだ。そう、第二次世界大戦直後のアメリカは、まだまだ人種差別が激しかった。黒人で初めて、ジャッキー・ロビンソンが大リーグデビューする前の話だ。
パスケルは金に物を言わせて、メジャーリーグからもニグロリーグからも次々にいい選手を引き抜く。こうしてメキシコへやってきた選手たちを縦糸に、パスケルとフランク・ブリンガー・Jr.を横糸に、なんとも野趣あふれる強烈な野球小説が織りあげられていく。
もちろん、ここで熱く語られるのは黒人選手ばかりではない。たとえば、46年にメキシカンリーグでプレーしたため、5年間にわたる出場停止処分を受けたダニー・ガルデラは損害賠償訴訟を起こす。そしてこのおかげで、アメリカにも1976年、ようやくフリーエージェント制が導入されることになる。また彼は、アメリカ野球の歴史において、完全に人種差別をなくすきっかけを作ることにもなる。
しかしこの本はアメリカの終戦直後の野球史でもなければ、メキシカンリーグを扱ったノンフィクションでもなければ、ダニー・ガルデラやほかの選手の伝記でもない。それらすべての興味深いところだけを集めて、巧みに調理したフィクションなのだ。
選手たちのひとりひとりがまるで実際に語りかけてくるようなリアリティが、最初から最後までしっかりとゆるむことなく持続する。その物語から立ち上る熱い試合の数々、名プレー、珍プレー、喧嘩、乱闘、軍隊の乱入……汗のにおいまでがしてきそうだ。それは名脇役であり、また迷惑役でもあるヘミングウェイとベーブ・ルースも同じ。
そしてなにより、メキシコ! メキシコの大地、メキシコの風、メキシコの人々、ここにはメキシコがぎゅうぎゅうに詰まっている。本を顔に近づけるだけで、メキシコの香りが漂ってくる。
とくに印象的なのは、タンピコという港町の球場だろう。
まずは球場。キャッチャーの後ろの特等席なんて古い木造で、見るからに、1日で造って30年はもたせよう、って感じだった。外野席はファウルポールのところで、いきなりぶち切れてる。理由は簡単。鉄道の線路が1本、外野の一部を横切ってるんだ。外野フェンスは線路の向こうにあった。
1946年、ニグロリーグ、メキシカンリーグ、ダニー・ガルデラ、メキシコ! ここには、フィクションとノンフィクションの熱くせめぎ合う強烈な時間と空間が凝縮されている。
ひとつお断りをしておきたい。これは事実をもとに組み上げられたフィクションなのだが、取材や資料の収集は徹底していて、作者によれば、各選手の成績や記録、歴史的・球史事実やその他のデータはほぼ100パーセント正確とのこと。ただ、資料の違いや解釈の違いで、ごくまれに細かい数字や、登場人物の詳細が異なっている箇所がある。たまに作中人物が思い違いをしているという設定の部分もある(らしい)。
ともあれ、60年も前のアメリカやメキシコの野球界を舞台にした小説なので、参考資料が見つからなかった事件や人物もある。また、こちらの調べ間違い、勘違いも多いかと思う。固有名詞の発音も不安である。そういったミスにお気づきの方は、どうかご寛恕のうえ、ぜひ出版社までご連絡いただきたい。
(2005年10月5日)
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