戦争と連続殺人の二つの恐怖のなか、
繰り広げられる長編本格推理
野崎六助『イノチガケ 安吾探偵控』

イノチガケ

 昭和20年、戦時下の東京。突然倒れ、血を流して死んだ徴用工の事件をきっかけに、いつものように安吾のもとへ人が集まる。教師・保険員・記者・戸籍係など様々な立場にいる賢人同盟員は、探偵小説という共通の趣味で結ばれている。
 しかし、焼夷弾の降る夜毎、その賢人同盟の面々が次々と殺される。締め切られた防空壕の中で串刺しの死体として、走る首なし死体として……。数多の推理と打消しの末、坂口安吾が目にした、たったひとつの真実は……。

 作者が偶然見つけた手記から、作家・坂口安吾が探偵をしていたことを発見。その様子を本にまとめたという非常に魅力的な設定を持つ《安吾探偵控》。戦前、戦時中、戦後の安吾を描き3部作になる予定です。史実に合致するところも多く、戦前〜戦後の安吾譚としても楽しめ、そこがまた興味深くなっています。

 本作『イノチガケ』は、その《安吾探偵控》の戦時中の物語にあたります。前作『安吾探偵控』は寝たきりの老婆と美貌の3姉妹、十何代も続く女系一族の酒造で勃発した奇怪な連続殺人という、なんとも心躍る事件を中心に、探偵安吾の推理が冴え渡る力作となっていましたが、本作では安吾も被害者候補としてはじめから名を連ねています。古林少年という安吾を慕う賢人同盟員の視点を中心に描かれ、戦記ものとしても楽しめる、前作『安吾探偵控』を超える野崎先生会心の本格ミステリとなっています。ミステリ的な面だけでなく、戦争について深く考えさせられる意欲的な作品です。

(2005年10月5日)
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