紀田順一郎・東雅夫編
創元推理文庫『日本怪奇小説傑作集』全3巻

怪奇小説傑作集

【編者のことば】

異界への情念/紀田順一郎 

 イギリスと並んで、怪奇幻想小説の最も大きな沃野、奥深い背景を備えているのは日本である。民話、説話から近世の草双紙にいたるまで、およそ妖異奇談の類は膨大な量にのぼり、近代に入るや文学の一ジャンルを形成、今日見られるようにミステリや映像、アニメなど隣接分野にまで強い影響力を発揮するにいたっている。
その怪奇小説が最大限のおもしろさ、多様性を発揮した明治以降の精華を選りすぐって、一堂に集めたのが『日本怪奇小説傑作集』である。じつのところ、怪奇小説というジャンルへの社会的認識は、これまで必ずしも十分であったとはいえないが、近年の新しい熱心な読者によって、文学史的な掘り起こしや再評価が精力的に進められてきた。本シリーズはその一環として、すでに欧米怪奇小説集成の定番ともいうべき『怪奇小説傑作集』と並べられることを前提に、定評のあるもの、評価さるべきものを慎重に選び出すことを意図したものである。
 読者よ、本書を手がかりとして日本人の異界への情念に分け入り、もう一つの文学史の発見に到達されんことを。


夢の結実/東 雅夫 

 すべては、その瞬間に決定されたと申しあげても過言ではありません。
 少年時代、たまたま書店の棚に見出した『怪奇小説傑作集』第2巻を、おずおずと手に取った瞬間から、私と怪奇幻想小説との長いつきあいが始まったのです。
 以来、『怪奇小説傑作集』全5巻は、私にとって不変の聖典であり、仰ぎ見る金字塔であり、ときには心のふるさとでもありました。
 ボロボロになるまで読み古した同書を手に取るたびに思うこと――それは、いつの日か自分の手で、日本版『怪奇小説傑作集』を編めたら……という夢のような遙けき願いにほかなりませんでした。
 たまたま先年、東京創元社編集部の牧原勝志さんの知遇を得、かねてよりのプランを御相談したところ、幸いにも御賛同をいただくことができました。
 さらに、畏れおおきことながら、斯界の大先達である紀田順一郎先生に、共編者として御参画いただけることになりました。
 かくして、このほど実現のはこびとなった『日本怪奇小説傑作集』――正篇と同様、長らく読み継がれるべきアンソロジーたることを心がけて、鋭意編纂を進めてまいりました。どうか御期待ください!


【特色】

* 八雲、漱石、鴎外から澁澤龍彦、皆川博子、高橋克彦まで、近現代の怪談・ホラー史を彩った名作の数々を、発表年代順に収録することにより、日本怪奇小説の変遷を、読みすすめるにつれて自然に体感できる構成とした。
* 本文テクストは新漢字・新仮名を採用したが、文字遣いに関しては、あえて発表当時の形を復元し(「その」→「其の」、「じっと」→「凝乎」)、そのぶんルビを多用している。これにより、作者が意図したとおりの用字用語と発表当時の雰囲気を、現代の読者にも親しみやすい形で味わっていただけるものと信ずる。
* 各巻巻頭に、日本怪奇小説の特色を分かりやすく説いた紀田順一郎による序文を、巻末には、時代的変遷をたどる東雅夫による解説を付した。


【各巻内容】

第1巻  小泉八雲「茶碗の中(平井呈一訳)」
 泉 鏡花「海異記」
 夏目漱石「蛇」
 森 鴎外「蛇」
 村山槐多「悪魔の舌」
 谷崎潤一郎「人面疽」
 芥川龍之介「妙な話」
 内田百間「儘頭子」
 室生犀星「後の日の童子」
 大泉黒石「黄夫人の手」
 岡本綺堂「木曾の旅人」
 江戸川乱歩「鏡地獄」
 大佛次郎「銀簪」
 川端康成「慰霊歌」
 夢野久作「難船小僧」
 田中貢太郎「蟇の血」
 佐藤春夫「化物屋敷」

第2巻  城 昌幸「人花」
 横溝正史「かいやぐら物語」
 西尾 正「海蛇」
 角田喜久雄「鬼啾」
 橘 外男「逗子物語」
 幸田露伴「幻談」
 火野葦平「怪談宋公館」
 久生十蘭「妖翳記」
 三橋一夫「夢」
 中島 敦「木乃伊」
 山田風太郎「人間華」
 三島由紀夫「復讐」
 円地文子「黒髪変化」
 遠藤周作「蜘蛛」
 山本周五郎「その木戸を通って」
 日影丈吉「猫の泉」

第3巻  吉行淳之介「出口」
 山川方夫「お守り」
 稲垣足穂「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」
 小松左京「くだんのはは」
 荒木良一「名笛秘曲」
 三浦哲郎「楕円形の故郷」
 都筑道夫「はだか川心中」
 半村 良「箪笥」
 星 新一「門のある家」
 中井英夫「影人」
 吉田健一「幽霊」
 筒井康隆「遠い座敷」
 阿刀田高「縄」
 赤江 瀑「海贄考」
 澁澤龍彦「ぼろんじ」
 皆川博子「風」
 高橋克彦「大好きな姉」

(2005年6月10日/2006年2月10日)

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