『フラクタルの女神』は1997年に発表されたアメリカの女性SF作家アン・ハリスのデビュー作、Nature of Smoke の翻訳です。
デビュー作であるにもかかわらず、書籍情報誌〈パブリッシャーズ・ウィークリー〉の書評で最高のランクをマークしたことに加え、SF情報誌〈ローカス〉の年間新人推薦作にも選ばれた、話題の1冊です。
物語の発端となる舞台は、デトロイトの貧民街、リバールージュ地区。ヒロインのマグノリアは空き家に不法居住している一家の次女。オリーブ色の肌に黒い髪、切れ長の意志の強そうな瞳の美少女だ。
貧しいながら自由気ままに生きていたマグノリアだが、大勢の弟妹の面倒を一手に引き受けていた姉の死を契機に、その生活は一変する。子供らの面倒をみることで自分の一生が費やされてしまうことに耐えられなくなったマグノリアは、自分にすがりつこうとする弟妹を捨てて故郷を飛びだしてしまった。
デトロイトを出た彼女がたどりついたのはニューヨーク。
バーでひとり飲んでいた彼女は、怪しげな若い男、ディノに声をかけられる。お定まりの展開でセックスにもつれこんだふたりだったが、ディノの部屋のベッドで目覚めたマグノリアは、天井の隅に仕込まれたカメラの存在に気づいた。――映されている! ディノは売春婦を拾ってスプラッタ・ポルノを制作しては、加入者限定の衛星放送チャンネルで配信していたのだ。マグノリアはナイフを振りかざして迫ってくるディノに反撃した、犠牲者になるはずだった少女の思わぬ行動に驚愕する男の背を刺した。
追っ手の影におびえ、急ぎ国外へ脱出しようとするマグノリア。しかし空港のレストランで彼女の前に現れたのは、ディノの仲間ではなくひとりの老紳士だった。
ラウールと名乗るその老人は、自分はディノやそのポルノを制作している連中の仲間ではなく、彼らと取引をしているビジネスマンだと告げた。そして彼女が自分とある契約を結べば莫大な報酬を出すともちかける。
ラウールは植物をベースにして高性能の有機機械人間(ロボット)を造り、金持ちに売っている人物だった。彼はかつていちど高度の知性をもつ生命体を創り出したことがあったが、二度と成功できずにいた。そしてその後に作ったロボットに飽き足らなくなったラウールは、衛星放送のポルノに映ったマグノリアをみて、自分の新しいロボットの雛形として彼女を欲しいと思ったのだ。彼は画面に映ったマグノリアの瞳に、幼い頃インドの寺院で見たカーリー女神の姿を見ていた。
ラウールとの契約を了承し、彼が住むチュニスに行くはずだったマグノリアが到着したのは、なぜか極寒のシベリアだった。そこには、人間の男性の美しい上半身と、剃刀のように黒く鋭い突起のある海獣の尻尾をもつ、ラウールの最初の人工知能生命体の成功作タムカリがいた。屋敷には他に分子生物学者のシド、保安主任のケリラ、管理人のスパイダーとデックス、そしてラウールが作ったロボット、ミス・ウージクらが住んでいて、マグノリアはそこで訓練をうけるために、ラウールの命令で連れてこられたと説明される。
しかしラウールは彼女がサンクトペテルブルグで行方不明になったと思っていた。実はラウールと同じ衛星放送でマグノリアを見たケリラが、ラウールの指示を無視し、勝手に彼女を屋敷に連れてきたのだ。ラウールに恨みをもつタムカリもそれに一枚噛んでいた。
自分がおかれた状況に戸惑うマグノリアだが、ラウールに雇われた女性分子生物学者シドに次第に惹かれていく。そしてシドもまたマグノリアにインドの破壊と再生の女神カーリーを見いだしていた……。
二人の愛の行方は? マグノリアに執着するラウールの次の手は? そして雇い主のラウールに逆らってまでマグノリアを連れてきたケリラは?
美しいと同時に、男性顔負けのたくましさ兼ね備えるカーリー女神マグノリアの、息もつかせぬ活躍をどうぞお楽しみください。