最新刊『蛇の形』も好評な、ミステリの新女王ミネット・ウォルターズ。彼女の第4長編である『昏(くら)い部屋』が、このたび文庫化されます。
短いプロローグのあと、物語は病院の一室から始まります。主人公は写真家のジェイン・キングズリー。見知らぬ病室のベッドで目覚めた彼女は、自分が不可解な自動車事故の当事者であり、そのショックで数日間昏睡していたことを知らされたうえに、事故の前十日分の記憶をなくしていることにも気づかされるのです。
失った記憶を取り戻そうと懸命になるジェイン。関係者によると、その10日のあいだに、ジェインを取り巻く状況は激変していました。挙式直前だった婚約者のレオは、彼女の親友メグとの関係を告白、婚約は破棄され、ジェインは自宅で自殺騒ぎを起こすにいたります。これらのことは、あの恐ろしい自動車事故とどう関わってくるのか――
同じころ、キャニング・ロード署のチーヴァー警視たちは、地元の森で見つかった死体ふたつの身元洗い出しを始めていました。調査の結果、むごたらしく殺された男女ふたりは、連れだって出国したはずのレオとメグだと判明します。
捜査の過程で次第に判明していく強固な状況証拠から、疑惑の矛先はじわじわジェインを指し示していきます。彼女は、期せずして落ち込んだ苦況から抜け出すことができるのでしょうか?
ヒロイン・ジェインの周りには、さまざまな形をとった“不安”が存在しています。依るべき記憶を失った心許なさ、状況証拠が差し招く警察の疑惑、根深い家族との問題……それらの“不安”は作品のトーンにも影響を与え、全編を通じて“昏い”という印象を与えます。しかし、本書はただ暗鬱で重苦しいだけの作品ではありません。記憶喪失のヒロインがわが身にふりかかった疑惑と戦う――この、一見ありがちな筋立てが、ウォルターズの手にかかるとかくも鮮烈な物語になるのかと、読んだ方には驚いていただけることでしょう。ミステリの新女王の力量、ぜひお確かめ下さい。
(2005年3月10日)
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