幻の本格ミステリ、復活す!
アレックス・アトキンスン『チャーリー退場』

 今を去ること四十余年、小社は〈クライム・クラブ〉という叢書を刊行していました。かの“JJおじさん”植草甚一が、当時最新の海外ミステリの、それも際立った特色を持つ作品ばかりを選んだ叢書で、瀬戸川猛資の才気あふれるミステリ・ガイド『夜明けの睡魔』でも一章を割いているほどです。装幀は《暮しの手帖》初代編集長、花森安治。
 この叢書から〈創元推理文庫〉に収録されたものを現行の目録に探してみましょう。

 第1巻 ビル・S・バリンジャー『赤毛の男の妻』
 第10巻 ノエル・カレフ『死刑台のエレベーター』
 第16巻 カトリーヌ・アルレー『わらの女』
 第22巻 フレッド・カサック『殺人交叉点』
 第26巻 ビル・S・バリンジャー『歯と爪』

チャーリー退場 名作にして曲者ぞろい、といった印象ですね。他にも、マスタスン『非常線』、ランドン『日時計』、ブラウン『彼の名は死』などが、この叢書で刊行されました。
 さて、この〈クライム・クラブ〉から、アレックス・アトキンスン『チャーリー退場』が再登場します。
手に汗握るスリラー劇を上演中のプレイハウス劇場。十月のどしゃ降りの晩、新顔の女優が楽屋で《マクベス》の台詞を口にした。《マクベス》を楽屋で唱えるのは、どこの劇場でも凶事の前兆といわれているが……上演直後、主役のチャーリーが死んだ。才気煥発なプレイボーイ、人から買う妬みには事欠かない彼を毒殺したのは誰か? だが、主役が死んでも舞台は続けなければならない。ファーニス主任警部は次の開幕までに犯人を挙げられるのか? 演出家、舞台監督、俳優――ひとくせもふたくせもある演劇人たちを相手に、彼はアップルビー部長刑事とともに、綿密な捜査を進めていく。

 植草甚一がクロフツに比した綿密な構成と、植草・瀬戸川両氏ともが称賛したクライマックスの迫力に、本格ミステリの読者とあれば感嘆の声をあげずにはいられないでしょう。
 なお、演劇の世界を描いた本作は、文庫化にあたって、舞台監督の経験を持つ鈴木恵氏を訳者に起用。劇場の空気が生き生きと伝わる新訳をお楽しみください。

 私事ながら付記させていただきます。担当編集者は、それまでの勤めをやめてから東京創元社に入社する直前までの約二ヶ月、瀬戸川猛資氏の仕事場に御厄介になっていました。入社が決まり、瀬戸川氏に報告すると、このような言葉が返ってきました。

「創元に入ったらね、『チャーリー退場』を文庫に入れてほしいな。大傑作というわけじゃないんだが、すごい迫力のある小説だよ」

 その後、一年を置かずして、瀬戸川氏は他界されました。それから五年、『チャーリー退場』の文庫版をお目にかけることができなかったことは残念ですが、なんとか約束を果たすことができた、という思いです。

(編集部・牧原勝志/2004年4月9日)

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