ピーター・F・ハミルトン
『マインドスター・ライジング』
解説[部分]堺 三保

ピーター・F・ハミルトン『マインドスター・ライジング』
竹川典子訳/創元SF文庫
 近年、イギリスSF界では、大スケールの宇宙SFが続々と発表され、それぞれに人気を博している。中でも、(筆者は勝手に「イギリス・スペオペ新三羽ガラス」と呼んでいるのだが)90年代に入って長篇を発表しはじめた新鋭作家三人が、めざましい活躍をしている。
 人類進化のビジョンや異星文明とのコンタクトを描きつつも、そこに現実の政治や思想の問題を盛り込んでいこうとするケン・マクラウド。銀河系を股にかけたスケールの大きさと、科学的正確さを重視したハードSF性を両立させようとするアリステア・レナルズ。そして、もう一人こそ、本書の作者、ピーター・F・ハミルトンであり、本書『マインドスター・ライジング』は、彼の第一長篇であると共に、痛快な近未来アクションSF《グレッグ・マンデル》シリーズの第一作でもある。
 世界大戦の傷跡が癒えつつある近未来。イギリスの新興大企業イヴェント・ホライズン社の創設者にして会長であるフィリップ・イヴァンズは、社内に横行する巧妙な横領行為を暴くため、一人のフリーランサーを呼んだ。この男、グレッグ・マンデルこそ、前大戦で活躍した特殊部隊《マインドスター》の元兵士であり、他者の感情を読みとれる特殊能力者だった。グレッグには、他人が嘘をついているかどうか即座に判別できるのだ。イヴァンズの依頼で社内を捜査し始めたグレッグは、イヴァンズの孫娘ジュリアの協力を得て、横領の背後にさらに大きな陰謀が隠されていることを暴くのだが……。
  年老いた大富豪。一見純真そうな孫娘。富に群がる人々で溢れた複雑な人間関係。暗い過去を持つ一匹狼の調査員。……と、こうくれば、これはもう典型的なハードボイルド小説のセッティングであり、ミステリ作家ならいくらでもシリアスに家庭の悲劇を描いてみせるところだろう。SFの文脈で考えれば、荒廃した近未来にハードボイルド風の人物配置、サイバネティックス技術で強化された人物や凄腕のハッカー、ソフトウェアとして転写された人格などのキャラクターたちという道具立ては、ウィリアム・ギブスンの《スプロール》ものに代表されるサイバーパンクSFの典型的なセッティングだ。
 ところがハミルトンは、そこからスタートして、企業乗っ取り劇というパワーゲームへ、さらには手に汗握るリアルな戦闘アクションへと話を転がしていく。特に下巻の後半以降は、敵に包囲された屋敷への接近を試みたグレッグの仲間たちが、敵の傭兵部隊と激しい戦闘を演じるあたりから、グレッグが身一つで敵の手から逃れて肉弾戦を展開するクライマックスまで、息をもつかせぬ迫力で読者をつかんで放さない。
 また、本作が、社会の外縁に生きるアウトローたちのハードな生き様を描いているのではなく、人生や社会と折り合いをつけていこうとする「普通でありたい」プロフェッショナルたちの姿を描いているところも、典型的なサイバーパンクSFと違う印象を受けるところだ。主人公のグレッグは、アウトロー的な生活をしていながらも、新たな恋人と共に新しい人生を築くことを考えているし、もう一人の主役といえるジュリアは、スポイルされた大富豪の孫娘という立場から、大企業のトップとして大人の女性へと成長していく。さらには、グレッグのかつての仲間たちもそれぞれに過去の痛手を乗り越えていこうとしている。そして、この展開は二作目、三作目にも引き継がれていく。実はこのシリーズは、グレッグ・マンデルとその友人たちの再生と成長のドラマでもあるのだ。
 こうした味つけの差は、ハミルトンがイギリス人であるからかもしれない。セッティングこそアメリカのサイバーパンクSFから得ているが、その中身は英国大衆文学の伝統を受け継いだ骨太の冒険小説なのである。

(2004年2月13日)
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