第13回鮎川哲也賞受賞作
森谷明子『千年の黙(しじま) 異本源氏物語』

 千年の黙  2003年度鮎川哲也賞受賞作は、平安時代を舞台とし、紫式部を探偵役に据えた華やかな王朝推理絵巻です。そしてこの作品は、時代版「日常の謎」ミステリでもあります。

 この作品では、ふたつの消失事件が描かれています。第一部で消失するのは、帝ご寵愛の猫。牛車のなかから消え去ってしまったものの、しっかり紐でつないでおいたのだから、猫が自分でどこかに行ってしまう筈がない――と主張するのは、かの才媛・清少納言です。一方、左大臣藤原道長の娘・彰子のもとにいた猫までが消え失せるにおよんで、事態は深刻化してゆくのですが――裏で全てを操っていた犯人とその意図とは?

 続いて、第二部で消失するのは、「かかやく日の宮」と題された帖です。『源氏物語』が千年もの間抱え続けた謎のひとつ、欠落した幻の帖「かかやく日の宮」。この帖はなぜ消え去ったのか? 本書のタイトル『千年の黙』とは、まさにこの「かかやく日の宮」の謎を表したものです。折しも本年六月、丸谷才一氏が上梓した長編小説『輝く日の宮』も、この謎に真正面から挑んだ傑作でした。丸谷氏も挑んだこの謎に、受賞者・森谷氏はどのような解答を出したのか? 自らが書き上げた帖の消失に対し、式部が選んだ決着の方法も読ませどころのひとつと言えるでしょう。

 そして本書は、一見難しそうな題材を扱っていますが、きわめて読みやすく面白い物語です。殊に、式部をはじめとし、彼女に仕える女童あてき、中宮定子、承香殿女御、そして後に中宮となる道長の娘・彰子など、女性登場人物の造形や描き分けが素晴らしく、さらには筆致にも柔らかなユーモアがあり、一気に読ませるエンタテインメントに仕上がっています。新しきストーリーテラーの誕生を宣言する力作であると思います。

(2003年10月15日)
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