時代を超えて語り継がれる冒険ロマン
A・E・W・メースン『サハラに舞う羽根』
解説[抜粋]尾之上浩司

A・E・W・メースン『サハラに舞う羽根』
古賀弥生訳・創元推理文庫
サハラに舞う羽根  厳格な軍人の父と愛情ぶかい母とのあいだに生まれ、少年時代から軍人になるうよう運命づけられていた主人公ハリー。しかし、彼は子供のころから、軍人として凄惨な死をとげるのではという強迫観念にさいなまれつづけていた。やがて、スーダンで勃発したマフディ派の反植民地運動を鎮圧する任務を課せられたとき、気のまよいと間近にせまった結婚の相手への思いから、任務を逃れてしまう。しかし、三人の同僚から臆病者を示す三枚の白い羽根を送りつけられる。さらに、ことの真相を知った婚約者のエスネからも四枚目の羽根をわたされてしまう。後悔にくれるハリーは、名誉挽回のために立ちあがる。同僚たちに自分の勇気をしめすことで、汚名をそそぎ羽根を引き取ってもらおうというのだ。身元を隠して最前線の三人のもとへ向かうハリー。彼との婚約を解消したのちも、その身を案じるエスネ。ハリーの親友で、エスネに心惹かれていることに苦悩する軍人ジャック。少年期からハリーを案じていた老軍人サッチなどの思いが交錯するなか、波乱万丈、痛快無比の冒険が語られていく……。

 いやあ、じつにおもしろい! お世辞ぬきで、いまからほぼ百年前(1902年)の作品に、こんなに胸をときめかされるなんて思いもしなかった。古典はあなどれない。古典はおもしろい。本書『サハラに舞う羽根』は、それをまざまざと実感させてくれる傑作エンターテインメントである。いままで抄訳しかなかったこの作品が完訳されたことが、嬉しくてならない。なぜなら、ダイナミックでなおかつ人間ドラマを綿密に描いているこの物語の魅力が、抄訳で伝わるはずがないからだ。フランスに『三銃士』、アメリカに『モヒカン族の最後』あれば、かたや英国には『サハラに舞う羽根』ありといったところだろうか。

 作者はA・E・W・メースン。フランス人探偵ガブリエル・アノーが活躍する『矢の家』『薔薇荘にて』で、日本ではミステリ作家としてのみ認知されていたが、彼の作品には歴史ロマンものも多く、たとえばデヴィッド・セルズニック制作、ローレンス・オリヴィエ、ヴィヴィアン・リー主演の《無敵艦隊》(1937)も、彼の原作である。

 イギリスならではの帝国主義意識がまだ活発だった19世紀後半には、小説の世界においても帝国主義やイギリス的な英雄思想を前面に押し出した作品が数多く発表されていた。『ソロモン王の洞窟』のH・R・ハガード。『ゼンダ城の虜』のアンソニー・ホープ。そのほか、『勇将ジェラールの回想』のコナン・ドイルや、『ジャングル・ブック』のラドヤード・キプリングなど、主人公が危険が渦巻く世界に身を投じ大活劇を演じる冒険小説を発表し、一世を風靡した作家が群雄割拠していたわけである。

 しかし、これらの作家がみな、英雄がいかに脅威を打ち破り道を切り開いていくかの戦闘場面を描くことに専念しているのに対し、20世紀初頭に書かれたこの『サハラに舞う羽根』は一線を画していた。お読みいただければすぐにわかるように、この作品では戦闘場面はポイントになるところに集約的に描かれているだけで、それを主軸にしてはいない。アクションで推すほうがはるかに書きやすかったはずなのに、むしろメースンは、登場人物たちの葛藤という内心の闘いを克明に描くほうに主眼をおいたのだ。だからこそ、読者が登場人物により共感できる、時代の流れにも風化されにくい名作となったのであろう。
 この物語には心がある。登場人物には魂がやどっている。そして、文句なしにおもしろく、読者の心を打つものを持っている。それは誰にも否定できまい。19世紀から20世紀と時代が移るなかで、小説がそれまで以上にアカデミックな文学と、大衆文学に分岐していく転換点を迎えていたことを、本書は顕著に示しているのかもしれない。

 さて本書は、日本では今秋公開の最新版《サハラに舞う羽根》まで合計すると、7度も映画化されている。つまり、この物語そのものが時代を超えて広く好まれているのである。

1 Four Feathers(1915 米 J・サール・ドウリー監督)
2 The Four Feathers(1921 英 ルネ・プレイセッティ監督)
3 《四枚の羽根》The Four Feathers
 (1929 米 メリアン・C・クーパー&ロサー・メンデス監督)
 「キネマ旬報」1929年度ベスト10 第6位
4 《四枚の羽根》The Four Feathers
 (1939 英 サー・アレキサンダー・コルダ&ゾルタン・コルダ監督)
 1939年度アカデミー賞撮影賞受賞
5 《ナイルを襲う嵐》Storm Over The Nile
 (1955 英 ゾルタン・コルダ&テレンス・ヤング監督)
6 The Four Feathers(1977 英米合作 ドン・シャープ監督)テレビ映画
7 《サハラに舞う羽根》The Four Feathers(2002 米 シェカール・カプール監督)

《サハラに舞う羽根》オフィシャル・サイト
http://www.saharanimau.jp/

(2003年7月16日)
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