輝かしい才能の誕生!
トム・フランクリン『密猟者たち』を読む

 アメリカ南部という土地にいだく印象は、人それぞれでしょう。風土や背負った歴史がデフォルメされ、ひとり歩きしている面もあるだろうと思いますが、ときおり強烈な個性をおびた文学的才能が誕生するのは事実です。フォークナーやカポーティ、もう少し時代をくだるとフラナリー・オコナー。
 1963年に深南部のアラバマ州に生まれたトム・フランクリンもまた、この系譜に連なる人物です。スティーヴン・キング(初期の『シャイニング』や『デッド・ゾーン』が特にお気に入り)やエドガー・ライス・バローズ(ターザンのシリーズが大好き)に熱中した少年時代。サウス・アラバマ大学在学中には、グリット工場の重機運転手、化学工場の建設現場監督、病院の霊安室の職員などを経験しました。いつから小説家を志したのかは不明ですが、初めて雑誌に短編が売れたのは23歳のときで、その後も執筆活動はつづき、98年にはアーカンソー大学で芸術修士号を獲得。大学で創作科を教えながら、妻で詩人のベス・アン・フェンリイと暮らしていましたが、99年に本書『密猟者たち』を上梓。これが全米で賞賛を浴びます。

驚嘆すべきデビュー短編集。
――サンフランシスコ・クロニクル

フラナリー・オコナーとレイモンド・カーヴァーが二人して酔っ払って、私生児をなしたら、それはトム・フランクリンかもしれない。
――ダラス・モーニング・ニュース

この中編(「密猟者たち」)の筆力には唸らされる。イメージを喚起する力と、手加減のない想像力から思い出すのは、フォークナー、とくに『野生の棕櫚』におけるフォークナーだ。
――フィリップ・ロス

ルシンダ・ウィリアムズの音楽を好むように、トム・フランクリンの短編をわたしは好む。理由はおなじだ――これらは古い唄を改訂しているわけではない。たしかに舞台は南部だ。だが、ここにあるのは南部のための新しい唄なのである。荒々しく無法なときでさえ、持ち前の愉快な味わいをたたえている。そして、滑稽なとき、それは世の中をからかっているのではない。胸にこたえるのは、見え隠れしている憧れの感情のためだろうが、その憧れは苔むした過去に対するものではなく――まさに現代の小説なので――現在に対するものであり、たちのぼったと気づくそばから消え失せてしまう。これらの短編は、わたしを驚かせた。小説がなしうると考えていたものを、重要かつ思いがけないかたちで深めてくれている。
――リチャード・フォード

 誤解を避けるために付言するなら、現代のアメリカ深南部を濃密に描きながらも、そこに人生の普遍的な瞬間を写しとっているというのが肝心なところで、だからこそ国境をこえる力を獲得できるのでしょう。
 収録作品のいくつかについて、簡単に紹介しておきます。
 望まぬ狩猟に明け暮れた少年時代を回想する序文は、フランクリンの生まれ育った環境を伝えるとともに、長じて小説家となった現在の心境を語って、感銘を呼びます。巻頭におかれた「グリット」は、間然するところのない犯罪小説の逸品。賭博の借金を種に工場の闇操業を強いられた、冴えない中年男の苦境。THE BEST AMERICAN MYSTERY STORIES 2000 に採られたのも当然と思わせる、スリリングな物語です。一転して「シュブータ」では、過去と現在の挿話が、連想ゲームのように積みかさねられていく。その果てに湧きだす深い孤独……胸をつかれます。「青い馬」は、静かな余韻を残すある朝の一幕劇。ヘミングウェイばりの読後感。「小さな過去」は都会派風の小品です。二組の夫婦のおかれた状況が、軽妙に浮かびあがる。「ダイノソア」は、鄙びたガソリン・スタンドをめぐる哀歓が切ない。乾いた叙情が胸にせまる、完成度の高い好編。「衝動」――慄然。そして巻末に控えた表題作は、140枚近いボリュームの中編です。密猟者の三兄弟と狩猟監視官の暗闘を活写する筆は、力強く、かつ神話的。THE BEST AMERICAN MYSTERY STORIES 1999 や THE BEST MYSTERY STORIES OF THE CENTURY に収録され、アメリカ探偵作家クラブ最優秀短編賞にも輝いた、現時点におけるフランクリンの代表作といっていいでしょう。
 本国では、初長編 HELL AT THE BREECH が刊行予定にのぼっています。数年がかりで執筆された大作で、期待度は満点。しかし、まずは本書をお愉しみください。密度の高い物語が想像力をかきたてずにおかない、鮮烈多彩な中短編の精華。ミステリ好きにも小説好きにもお薦めの、秀逸な一冊です。

(2003年5月16日)
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