1966年に英国のウェールズに生まれ、ロンドンで育ったサラ・ウォーターズは、98年に TIPPING THE VELVET で小説家デビュー。翌99年に発表した第2長編『半身』が大評判となり、アメリカ図書館協会賞やサンデー・タイムズの若手作家年間最優秀賞、さらには35歳以下の作家を対象とするサマセット・モーム賞(イアン・マキューアン、ジュリアン・バーンズ、サルマン・ラシュディ、ピーター・アクロイドなど錚々たる顔ぶれを輩出しており、近年でいえばローレンス・ノーフォークが弊社刊の『ジョン・ランプリエールの辞書』で受賞しています)に輝いて、一躍英国文壇の期待の星となりました。
邦訳の一番手となる『半身』については、詳しい紹介をあまりしたくありません。ミステリ好き・小説好きの皆さんには、訳者あとがきや解説はもちろん、文庫の一ページ目やカバーの裏に刷りこまれた内容紹介もできることなら読まずに、本文に取りかかることをお薦めします。もちろん、結末についてあからさまに書いていたりはしませんが、謎を少しずつ滲ませる筆さばきや、息を呑む鮮やかな場面の数々を無心に味わえなくなるのは、あまりに惜しい。
不安なかたのために、『半身』に対する賛辞を掲げておきましょう。
19世紀の英国を舞台にとり、孤独な令嬢と謎めいた霊媒との交流を縦糸にしながら、そこに次々と不吉な色調の糸を織りまぜ、やがて美しくも残酷な文様を浮かび上がらせる精緻な作品……極めて繊細で垢抜けた、しかし冷徹非情な物語(後略)。
――巽昌章(本書解説)
これがみごとな傑作でした……小説を読むのが好きなひと(ミステリだけじゃなくてね)になら断然お薦めできる……先に読んだ特権をふりかざし、語りつくしてもいいけど、わたしが読者だったらそんな書評子殴るね。作品世界にどっぷり浸って読めば最大級のマジックを味わえる作品ですよ、とだけ言っておこう。
引用は差し控えますが、〈ミステリマガジン〉2003年6月号で、茶木則雄氏も強く推奨してくださっています。
サラ・ウォーターズは、2002年には第3長編『荊の城』(上下)を発表。これは英国推理作家協会(CWA)賞の歴史ミステリ部門にあたるエリス・ピーターズ賞を受賞し、ブッカー賞の最終候補にものぼりました。また、先ごろ刊行された、英国の文芸誌〈グランタ〉の Best of Young British Novelists 2003と題された特集号では、将来を嘱望される英国若手作家20名のリストに名をつらね、収録された短編“Helen and Julia”は巻頭を飾っています。
ともあれ、『半身』です。発表されるや忽ち古典の仲間入りを果たした、という書評家の常套句がありますが、これは、そんな言い回しがこけ威しに終わらない傑作です。眉に唾をつけながらでも結構ですし、期待に胸を躍らせながらでも結構。まずはご一読ください。そうすれば、サラ・ウォーターズという小説家の今後の活躍に、無関心ではいられなくなるはずです。