《土屋隆夫推理小説集成》全8巻 装幀=鈴木一誌

 戦後の日本推理小説界にあって、本格推理の論理性と、叙情的な文章で一家をなした土屋隆夫。『影の告発』で日本推理作家協会賞を受賞、2002年には、日本ミステリー文学大賞を受賞した。その全体像を窺い知ることができる待望の文庫版集成である。

1 『天狗の面/天国は遠すぎる』(第3回配本)
土屋隆夫論:飛鳥部勝則 カバー画:桶本康文

『天狗の面』
 山間の寒村で、にわかに起こった天狗騒動。選挙にこれを利用しようと画策する村会議員。彼はある夜、出されたお茶を飲んで、衆人環視の中絶命した。誰がどのような方法で毒を投与したのだろう? そして第二、第三の殺人が起こり、平和な村の様相は一変する。

『天国は遠すぎる』
 死を誘う歌として話題の「天国は遠すぎる」を遺書代わりに、死体となって発見された十代の娘。捜査本部は自殺と断定するが、その死に疑問を抱く長野県警の刑事の粘り強い捜査により、土木疑獄の中心にいると目される県庁職員の失踪と結びついていく……。

 本格興味の横溢する、著者の記念すべき長編第一作、および第二作を収録する。


2 『危険な童話/影の告発』(第1回配本)
土屋隆夫論:巽昌章 カバー画:ひらいたかこ

『危険な童話』
 ピアノ教師宅で、出所したばかりの男が刺殺された。現場は狭い路地の中程にあり、見知らぬ人間の出入りは目撃されていない。だが、肝心の凶器が出てこない。第一容疑者の女に、凶器を隠す余裕はなかったはずなのに……。

『影の告発』
 デパートのエレベーター内で、私立高校の校長が殺された。人望のある教育者がなぜ? 事件の謎を追って被害者の過去を探る捜査陣の前に現れた容疑者には、鉄壁のアリバイがあった! 千草検事初登場の記念すべき長編推理。

 昭和三十年代後半に発売されたこの二作品は、時間と空間の不可能状況の中、その謎に挑む捜査官の執念を、豊かな叙情性をもって描いた著者の代表作である。


3 『赤の組曲/針の誘い』(第4回配本)
土屋隆夫論:権田萬治 カバー画:山野辺若

『赤の組曲』
「ビゼーよ、帰れ シューマンは待つ」という謎めいた新聞広告の背後には、美貌の人妻の失踪事件が絡んでいた。そして、それに続く連続殺人事件。赤いネグリジェと赤い日記帳……赤の連鎖が導く真相に挑む千草検事と野本刑事。

『針の誘い』
 製菓会社社長の娘が誘拐され、五百万円を要求する脅迫状が発見された。やがて犯人の指示に従って身代金を持参した母親が、指定の場所で現金を投げ出したところで刺殺される。異変に気づき、妻の許に駆けつけた夫と刑事は、だが犯人の姿を捉えることはできなかった!

 数々のトリックに彩られた不可能犯罪とアリバイ崩し――謎解きものの真骨頂。


4 『妻に捧げる犯罪/盲目の鴉』(第2回配本)
土屋隆夫論:麻耶雄嵩 カバー画:渡辺啓助

『妻に捧げる犯罪』
 裏切られた妻への復讐から、見知らぬ家にイタズラ電話をかける悪魔の愉悦に取り憑かれた男。ある晩、ダイヤルを回した相手の女は、彼のことを共犯者と間違えて犯罪の成功を告げたのだ! 男はその電話の会話だけから、女の正体を突き止めようとするが……!?

『盲目の鴉』
 田中英光の新資料を求めて長野県へ出向いた文藝評論家が消息を絶った。そして、東京地検の千草検事が偶然出会った不可解な殺人事件。その二つを結ぶ「鴉」の謎。大手拓次の詩の裏に、犯人の狡知に長けた計画が潜んでいた!

 昭和四十年代から五十年代の半ば、八年の間隔を置いて発表されたこの二作品は、文学性と叙情性を色濃く漂わせた、土屋作品を語るに欠かせない推理長編である。


5 『不安な産声/華やかな喪服』(第5回配本)
土屋隆夫論:末國善己 カバー画:山野辺進

『不安な産声』
 閑静な住宅街である日、薬品会社社長宅で家事全般を切り盛りしている若い女性が扼殺された。犯人は意外に早く検挙される。大学教授で、人工授精の日本における権威として知られる容疑者は、犯行を素直に認めた。が、担当の千草検事は男の語る犯行動機に納得しない。倒叙推理長編の日本における収穫。

『華やかな喪服』
 見知らぬ男に誘拐され、乳飲み子を抱えてラブホテルを転々とする若きヒロイン。果たして犯人の目的は何なのか? 哀しくも壮絶な復讐の物語。

 千草検事の退場と、新境地に挑んだサスペンス――近作の長編二編を収録した。


6 『ミレイの囚人/あなたも探偵士になれる』
(第7回配本)

土屋隆夫論:新保博久 カバー画:飛鳥部勝則

『ミレイの囚人』
 売れっ子の推理作家、江葉章二は、街でかつての教え子、白河ミレイと出会う。すでに少女の面影はなく、唇や胸元には成熟した女の美しさが匂っていた。その誘いに応じ導かれるままに彼女の家を訪れた江葉は、書斎に幽閉されてしまった。足に鎖を繋がれて……。彼女の目的は何なのか? そして江葉の運命や如何に?
 さらにその奇妙な幽閉と並行して、一人の男が殺されていた。著者が満を持して発表した本格推理小説。

『あなたも探偵士になれる』
 小説を楽しみながら探偵士になれる!――と、著者が読者に挑戦する異色の謎解き推理短編集。

 初期の本格短編を併載した、斯界の巨匠が謎解きファンに捧げる長短編の精華。


7 『粋理学入門/判事よ自らを裁け』(第6回配本)
土屋隆夫論:山前譲 カバー画:北見隆

 昭和二十四年十二月、〈宝石〉誌の募集に応募し、みごと第一席となった「『罪ふかき死』の構図」以降、著者は長編執筆のかたわら、短編の創作にも並々ならぬ情熱を傾けてきた。その百編を超す作品の中から、代表的な中短編を収める。
「離婚学入門」をはじめ、推理小説ファンに贈る「密室学入門」、川端康成の死を扱った「報道学入門」等、軽妙な筆致で綴る連作集『粋理学入門』を軸に、「死者は訴えない」、「奇妙な再会」、「判事よ自らを裁け」等、バラエティに富んだ土屋作品の精華を集大成してお届けする。


8 『穴の牙/深夜の法廷』(第8回配本)
土屋隆夫論:川村敬昌(公募作品) 土屋隆夫年譜:山前譲・編 カバー画:志村敏子

 日常のいたるところに待ち受ける不条理な陥穽――それに捉えられた者の前途には、ただ破滅が待つばかり。「穴の設計書」「穴の周辺」「穴の上下」「穴を埋める」「穴の眠り」「穴の勝敗」そして「穴の終曲」と、穴をテーマにした七編の異色短編を収める連作推理『穴の牙』。

 竹久夢二の絵のように生きようとした女の悲劇を描く「泣きぼくろの女」他中編二編を収録した『深夜の法廷』。仕合わせなはずの家庭に舞い込んだ一通の小包。それから間もなく、旅先で死んだ夫の謎を追って、遺された妻の執念の捜査を描く中編『地図にない道』を収める。

 公募優秀作の土屋隆夫論と、作品目録を兼ねた土屋隆夫年譜(山前譲編)を併載した。

(2003年3月15日)
本の話題のトップへトップページへもどる