忘れがたい仏蘭西の鬼才 モーリス・ルヴェル傑作集
『夜鳥』 田中早苗訳

夜鳥  モーリス・ルヴェル(1875-1926)は「フランスのポオ」と賞賛され、ヴィリエ・ド・リラダンの後継者と目された残酷物語(コント・クリュエル)の書き手である。恐怖と残酷、謎や意外性に満ち、ペーソスと人情味を湛えるルヴェルの短篇は、〈新青年〉等に翻訳紹介され、広く探偵小説読者に歓迎された。江戸川乱歩、小酒井不木、夢野久作など、熱いルヴェル頌を寄せた作家も少なくない。国内の創作活動に与って力あったのも故なしとしないのである。

 翻訳家田中早苗はルヴェルを鬼才と呼び、「日本文に訳して僅々二十枚にも充たぬ短いものだが、あれほど多くを考えさせる短篇を読んだことがない。山椒は小粒でもピリッと来る。彼の短篇には、メスで刺すような鋭さがある。それでいて、如何にも仏蘭西式に垢抜けがして、気がきいている。ポオほど博学でない代り、ポオのような飾り沢山なのではなく、簡潔で、真摯で、表現がはっきりしている。いや何よりも、底に万斛の涙を湛えているらしい心意気が気に入った」と絶賛し、紹介にこれ努めた。

 簡勁の筆で描き出される白日の闇、雄々しき怯懦。死への傾斜を思わせる硬質の抒情は、正に「鬼才」である。田中早苗の訳筆頗る流綺なるは、安得山『即興詩人』を自家薬籠中の物と為した森林太郎を髣髴させよう。贅語を費すまでもない、炉辺の団欒や書斎の安楽椅子、また游行の嚢中に、服膺すべき一書としてお薦めする。

 このたび創元推理文庫に収録された『夜鳥』は、渾身の名訳をもって鳴る春陽堂版『夜鳥』(昭和3年刊)の全篇に〈新青年〉掲載の1篇を加え、ルヴェルに関する田中早苗の訳業を集大成する1冊となった。また、巻末に附すエッセイ・解説から、ルヴェルに寄せる熱い想いを受け取っていただければ幸いである。

収録作品=或る精神異常者/麻酔剤/幻想/犬舎/孤独/誰?/闇と寂寞/生さぬ児/碧眼/麦畑/乞食/青蠅/フェリシテ/ふみたば/暗中の接吻/ペルゴレーズ街の殺人事件/老嬢と猫/小さきもの/情状酌量/集金掛/父/十時五十分の急行/ピストルの蠱惑/二人の母親/蕩児ミロン/自責/誤診/ 見開いた眼/無駄骨/空家/ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海

*序(田中早苗)/鬼才モリス・ルヴェル(田中早苗)/「夜鳥」礼讃(小酒井不木)/田中早苗君とモーリス・ルヴェル(甲賀三郎)/少年ルヴェル(江戸川乱歩)/私の好きな読みもの(夢野久作)

解説=陰鬱な愉しみ、非道徳な悦び――ルヴェル復活によせて(牧眞司)

(2003年2月15日)
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