当代随一の語り部
ロバート・ゴダードの離れ業
『石に刻まれた時間』

石に刻まれた時間  当代随一の語り部ロバート・ゴダードの離れ業。

 それだけ書いて終われたらいいのに、と思います。“万華鏡のような”とはゴダードの小説に対してしばしば用いられる形容ですが、本書ではそれが、事件の真相や筋立てのみならず全編の趣向にまで及んでいます。予備知識なしに読みはじめることをお薦めします。

 それでもなにか……というかたのために、ほんの少し。

 これはひとの心の痛みと、想像することの恐ろしさを描いた物語です。いろいろな土地、いろいろなときが語られ、絡み合ってくるところはゴダード節というべきでしょうが、今回はそこに、ある奇妙な石造りの家が影を落とすことになります。


 こんな家は見たことがないと思った……建物の輪郭は完全な円形である。スレート葺きの茶色い屋根は円錐形で、屋根窓と煙突がいくつか突き出ているが、それでも全体の円形は崩れていない……総じて、幾何学的には対照形なのに、建築学的には異様に感じられる。その矛盾した立体感が目を引きつけ、頭を混乱させる。まるで舞台装置か投影図のように、明らかにそこに存在していながら、同時に、存在していない。見る間に溶けて消え入りそうな、地味な色合いの古い石造りの家だった。(本文25ページ)


 第一次世界大戦の直前に、隠遁した富豪のために建てられたこの家は、名をアザウェイズ(Otherways)という。あるときは総てのまんなかにそびえ、またあるときは遠景にたたずむこの邸が、不思議な存在感をおびてくるあたりは、ゴダードの新境地といいたくなる見事さで、本書独特の魅力をおおいに高めています。

 周到に構成された物語は、幾人かの人生が秘めていた秘密をあぶりだしていくのですが……書店に実物がならんでいない時点で、これ以上のことを述べるのは越権行為というものでしょう。初読の愉しみはもちろん、再読して気がつく恐ろしさにもあふれた小説です! とのみ強調して、刊行の前口上はおしまい。どうか、世にも恐ろしいこの物語をご堪能ください。

(2002年12月15日)

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