活きのいい海外の現代作家を紹介する文庫のレーベル、創元コンテンポラリの新刊は、アメリカの新鋭トマス・モランのデビュー作『箱のなかのユダヤ人』です。
大戦のあいだ、ぼくらは一人のユダヤ人を「箱」のなかに隠していた──。語り手のぼく、13歳のニキが盲腸の炎症で苦しんでいたとき、手術を施してくれたのがこのユダヤ人医師だった。命の恩人。その彼が収容所行きを逃れ、今度はぼくらに助けを求めてきた。父は一大決心の末、納屋の屋根裏に「箱」を設える。ユダヤ人は雲のひとかけらも見ることができなくなった。この日から、ぼくと、ぼくの幼なじみの少女ジギが、彼と外界をむすぶ唯一のパイプ役となる。極限状態で2年以上、人はいかにして生き延びるか? オーストリアの閉鎖的な小村で、数多の秘密と緊迫のドラマが交錯する!
アメリカ作家でありながら、つねに舞台をアメリカの外に設定するモランの本作品は「ホロコーストもの」でありながら、少年を語り手に据えることで彼の成長小説にもなっています。第二次大戦中のオーストリアの山間の村、閉鎖的な世界のなかで、ほかの誰でもないユダヤ人をかくまうことがどれほど常軌を逸したことか──。「ぼくのユダヤ人」と少年ニキは繰り返します。自分とのかかわりが原因で、ひとりの人間を2年以上も箱のなかにかくまうことになった、そのことを認識した13歳のまなざしが、この小説を特異なものにしているに違いありません。
(2002年9月15日)
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